りぼ〜ん

□愛のヴェネルディ
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今日は朝から空気がそわそわしていた。

朝は澄んだ空気と厳かな雰囲気で静かに朝食を頂くと言うのが習慣となっている純和風人間、雲雀恭弥には忙しなくせき立てるような感覚がどうにも鬱陶しくて仕方が無かった。

苛々を断ち切るようにガシガシと頭を掻き制服に着替える為、衣装箪笥に手をかける。



「………ぁ……く……」



「………?」

遠くで何かが聞こえた。
人の声だったような気がする。

音がした方へ目を向けた。

換気の為に開け放った障子の間から見える庭。
絵から切り取ったように小綺麗に整えられた庭園風のそれは、いつもと変わり無い。

「………………」

空は快晴だ。
聞こえてくるのは小鳥のさえずりだけ。
特に気に掛けるような事は無い。

気のせいだったかと箪笥と向き合った瞬間、背後に気配を感じた。

「誰?」

鋭く気配を射抜く様に睨み、忍ばせたトンファーを構える。



「……、」



誰もいない。
明らかに今朝は異常だとしか思えなかった。

「なんなの…」

なんだか朝から疲れる。
胸の辺りに溜まったモヤモヤを一気に吐き出すように、盛大に溜め息を吐いた。

「はぁぁ…………っ」









ちゅ。









開いた口端に柔らかい感触が当たった。
離れていく其れからは、甘い香りがして鼻を掠める。









「おはようございます、雲雀君」









「………」



いつの間にか、驚くほど近くに良く見知った人間がいた。
品の良い、けれど少しだけ色を加えた笑顔を浮かべて此方を見ている。

「クフフ、何やら解せないといった顔をしていますね」

「…何勝手に入って来てるの」

平静を装って不機嫌に言ってみた処で骸はたいして悪びれる様子もない。
改めて向き直ると僅かに骸がふわふわと揺れ動いている事に気付いた。
よく見ると爪先が僅かに床から浮いている。

本体じゃないのか。


「あぁ、すみません。雲雀君がわざわざ障子を開けてくれたので、入室許可してくれたのかと」

「違うよ」

「ちょっと朝から取り込んでまして、もう戻らなくてはいけないのですが…」

じゃあ何しに来たのさ。

僕の把握している事象の外側から突拍子もなく現れる骸に、苛々が募る。
いつも君の事を知るのは全部、終わってからだ。

「誰かが僕の雲雀君を連れ去る前に、先約を取り付けようと思いまして」

深い色の瞳が真っ直ぐ僕を見据えてにこりと笑う。
開け放った扉の外から早春の風が吹いた。

「今日、学校が終わったら」

風に揺れた幻影が霧を払う様に骸を奪っていく。
骸の笑顔は変わらない。

思わず手を伸ばしたら、尚一層笑顔が儚く見えた。
霧が最後に僕の頬を撫でた気がした。

「むく、ろ」

風に乗って早咲きの桜の花が舞う。
暖かな陽が射した縁側にも花びらが落ちている。

さも君の化身だと言うが如く、気紛れに僕の領域を鮮やかに染めて。









今日
学校が終わったら
桜を見に

行きましょう?








今日は朝から空気がそわそわしていた。

否、

落ち着かないのは僕の方。
この日はいつも君に逢えると知っているから。



愛しの君は
週末の

桜が咲いた金曜日に舞い降りた。



FIN

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