長編小説(予定)
□取り敢えず無題(上)
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「朝食の準備が出来ています」
「ありがとう。美味しそうだね。」
私は彼の為に椅子を引いた。彼はその椅子に腰を下ろし、「いただきます」と呟いてから食事を始めた。私は片付けの為にキッチンへと戻った。使った物を元の場所へ戻し、汚れた場所を綺麗に掃除した。そうしている間に彼の食事も後僅かとなった。私はポットでお湯を沸かし、彼の食事が済むと紅茶を差し出した。
「食後に紅茶まで出してくれるんだね」そう言う彼はとても楽しそうだった。
「何かお入れになりますか?」
「いや、ストレートでいいよ。」
彼は紅茶を少し啜ってから私を見て、少し真面目な顔で続けた。
「それより、この後君のデータを見たいんだけど…いいかな?」
「勿論です。端末はどちらですか?」
「書斎。階段脇の一番奥。用が済んだら来てもらえる?」
「はい。朝食の後片付けが済んだら直ぐに。」
「解った」彼はそう言ってまた少し紅茶を啜った。私はテーブルの上の空いた食器を流しへと運び、後片付けに取りかかった。暫くして紅茶を飲み終わった彼が「ごちそうさま」と言って席を立ち、今飲み終わったばかりのカップをキッチンへと運んできた。
「これもよろしくね」と彼は微笑みながら私にカップを渡した。
「直ぐに済ませます」
「急がなくてもいい、ゆっくりでいいから。準備して待ってる。」
彼はそう言ってダイニングを抜け、リビングへと消えた。私は残っている洗い物に目を戻した。彼は用意した朝食を残さず食べていた。人間は体調が悪いとあまり食事が出来ない。先程は顔色が優れなかったが、きちんと食事を摂る事が出来たようで私は少し安心した。
全ての食器を棚に戻し終わり、キッチンの水気をきちんと拭き取ってから、私は彼の待つ書斎へと向った。リビングを抜け、玄関ホールにある階段脇の通路を奥まで進むと、一番奥右手に扉があった。ここが書斎だろう。扉をノックすると、「どうぞ」と声がした。私は静かに扉を開けた。
中は壁一面に本棚があり、その全てにきっちりと本が詰まっていた。その中に納まりきれなかった本が棚の前に幾つかの柱を模して平積みされていた。扉から遠い壁に置かれた一際大きい本棚の前には大きな書物机があり、その上にはコンピューターのディスプレイとキーボードが乗っていた。