- 短篇集 -


□It's my life
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冬の暖かい午後。
僕は窓辺に座って外を眺める。
いつもと同じ風景。
小さな庭に、所狭しと植えられた木々が揺れている。
青い空、浮かぶ薄白い雲。
僕の毎日は平穏そのもの。

暖かい日の光が心地よくて、僕は手足を伸ばす。
穏やかで、静かな時間。
僕はこの時間が大好きだ。
ゆっくり過ぎていく時間の中で、溶けるような感覚にまどろむ。
『僕もいつか外の世界に出て行ける日がくるのだろうか。』

僕はこの部屋から出る事は殆どない。
時々部屋の掃除をしてもらう時に、15分ほど別室に移動するだけ。
ちょうど2年前、僕はこの部屋に越してきた。
小さいけど、日当たりがいいこの部屋。
四方はほぼガラス張り。

そして、このガラスを一枚隔てた向こうの部屋ではあの人が暮らしてる。
彼女はよく僕の世話を焼いてくれる。
2年前にこの部屋へ僕を連れてきたのも彼女だ。
部屋の掃除、食事の世話もみんな彼女がしてくれる。

彼女は時々僕の瞳をじっと見つめる。
言葉こそ殆ど発しはしないが、其の瞳は僕に色々問い掛ける。
でも僕には応えるすべがない。
だから僕は、じっと彼女の瞳を見つめ返す。

しかし、彼女は僕とは違う外の世界に住んでいる。
僕はこの部屋から出る事はないが、
彼女はどこへでも好きな時、好きな場所へ行けるんだ。
そんな彼女が羨ましい。

前に一度逃げ出そうとした。
掃除のために別室へ移動させられる時、隙を突いて走り出した。
しかし、すぐに彼女の手に捕らえられ、部屋に戻された。
だから僕は、この世界しか知らない。
彼女に作られたこの世界。
居心地が悪いわけではない。
ただ時々衝動的にここから出たくなるだけ。
僕の日常は、今ここにある穏やかな日々なのに。

気が付けば、だいぶ日も落ちてきた。
窓の外が濃いすみれ色に変わり始めたころ、
少し寒さを感じて窓辺を離れる。
すでに暗いガラス越しの部屋に物音が響く。

ぱちっという音とともに光がさした。
入り口には彼女の姿。
こっちに向かって歩いてくる。
僕は顔を上げて、彼女を見上げた。
彼女は僕を抱き上げて囁く。
『ただいまぁ、かめぞう。』

そう、僕はカメ。
彼女のペット。     

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