長編小説(予定)

□取り敢えず無題(中)
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12.来客

 高倉家を訪れた日の夜。私は家に着いて直ぐ、疲れ果てている彼を休ませ、風花については一切聞ず、話したい事があると言い張る彼を、半ば無理矢理就寝させた。ある程度の話を陽丞達から聞き、それを話すことが、彼にとってどんなに辛い事なのかぐらい、私にも理解できたからだ。

「あ、えっと……おはよう、ユキ。」

 朝になって、彼は少し気恥ずかしそうに、リビングへと顔を出した。やはり昨日の事を気にしているのだろう。私は、彼が気を病まずに済む様、満面の笑みを浮かべ、「おはようございます」と返した。

「あの、昨日の話し、なんだけど……。」

 彼はそろりと席に着きつつ、私に声をかける。彼は、昨日私に約束をしたから、話をしようとしているのだろうか。それとも、話してしまった方が楽になると考えているのだろうか。私には解りかねる事だっだ。

「昨日、瑠唯や瑠霞と過ごしましたので、大凡の事は理解致しました。貴方にはご兄弟がいらっしゃり、その方は、随分と前にお亡くなりになられたのですね。私の姿は、その方に似せてあるのでしょう?」

 どちらの可能性も汲み、彼にとって辛いであろう言葉は、私が口にする事にした。彼は私の言葉に表情を固くし、小さく頷く。この話題が、彼にとって辛い事には変わりないのだろう。

「さぁ、冷めてしまう前にお召し上がり下さい。」

 私は朝食を出して、そっと笑顔を向けた。彼は私をちらりと見たが、食事には手を付けようとしない。彼の人柄からして、納得はしていないのだろう。しかし、陽丞達からも話を聞いた今、態々彼にまで話をさせる必要性を感じない。

「朝の内から無理はなさらないで下さい。」

 彼の背に手を添え、私は再び食事を勧めた。彼は俯き、少し考える様な仕草の後、のろのろと手を伸ばす。バスケットに入ったパンの中から、小振りの物を一つ取り上げると、そっと自分の皿へと移した。だが、それだけ。彼はそのパンを食べようとはしなかった。

 ややあって、彼は小さな溜息を吐き、顔を上げた。その表情は、何処か決意の様なものが見て取れる。やはり、彼自身もきちんと話をしておきたいと思っているのだろう。不意に私の手を取り、彼は自分の隣に私を座らせると、真っ直ぐに私の目を見てから口を開いた。

「――ユキは、何を聞きたい?」


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