長編小説(予定)

□取り敢えず無題(上)
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3.痛み


彼がこの部屋を去ってから6時間と少しが過ぎた。まだ部屋の中は薄暗かった。ベッド脇には窓があり、淡いグリーンのカーテンがかかっていた。カーテンの隙間から弱い外の光りが差し込み、仄かに浮かび上がって見えた。

私は遮断していた機能を再び起動させ、体を起こした。私はベッドを降りて窓辺に近づき、カーテンを開けた。雪は止んでいた。私は窓辺を離れ、廊下への扉を静かに開けた。彼はまだ隣の部屋で眠っているだろう。建物の中はとても静かだった。物音を立てないように配慮しながら、私は1階にあるキッチンへと向った。

キッチンはリビング同様、白と茶で統一されていた。人間の、しかも男性の一人暮しとは思えないほどきちんと整理されているし、清潔だった。私は彼の為の朝食を準備する為にフリーザーを開けた。何でもあると言うわけではなかったが、何日分かの食事を用意するのに十分な食材が入っていた。

私は何処に何があるかを把握する為に棚や引出しを全て開けた。フリーザーの隣の棚にはシリアルやパスタなどの保存がきく食材が入っていたし、クッキングヒーターの下の引出しには嵩張る調味料などが一通り入れられていた。細々とした調味料はシンク脇の小さな陳列棚に並べてあり、調理用の小物は壁のフックに吊り下げられていた。調味料類がやや減っている以外は、実際に人がこのキッチンを使っているようには見えなかった。

たった今見て得たキッチンのデータと、彼に関する嗜好などのデータから調理するメニューを検索した。必要な材料を各所から取り出し調理を開始した。卵はスクランブル、ベーコンはやや硬め、サラダはシーザー、フルーツは小さく一口大に切り分けたグレープフルーツ、シリアル用にミルクと少量の砂糖を用意した。

テーブルに料理を並べ終わる頃、リビングへと続く扉が開く音がした。リビングの方へと目をやると、彼は併設せれているダイニングへと真っ直ぐ歩いてくる所だった。

「おはようございます」

彼は私に気付き「おはよう」と笑顔で言った。しかし昨夜に比べ少し顔色が悪い様な気がした。それに昨夜はしていなかった眼鏡をかけていた。

「顔色が優れない様ですが、昨夜はよくお休みになられましたか?」

そう言った私に彼は一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐに「あぁ、割とよく寝た方だ」と言いながらまた少し笑った。

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