長編小説(予定)
□取り敢えず無題(上)
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4.休息
あれから彼は毎日のように書斎に入り浸った。食事と睡眠の時以外は殆ど出てこなかったが、時々私が飲み物を差し入れに行くと嬉しそうに微笑んだ。しかし彼の顔色は日を追う毎に酷くなっていった。
「お父さまにお尋ねになられた方がよろしいのではありませんか?」
そういう私に、彼は少し膨れながら「ヤダ」と短く答えた。
「私の製作者である貴方のお父さまでしたら…」
彼は首を僅かに左右に振り、画面から目を外し私を見据えた。
「ユキは私のだ。だから私が自分で直す。ユキは心配しなくていい。」
穏やかな声でそう言うと、眼鏡の奥の瞳を優しそうに細めた。
「あ…」
また首の下辺りに違和感があった。しかし今までのとは少し違って、ちくりとした後にふわりと広がって溶けていくようだった。なんだか微かに暖かい。
「また苦しくなった?できるだけ早く原因を見つけだすから、あまり無理して動かずに、休んでいて。」
そう言って画面に目を戻そうとする彼を、私は慌てて制した。
「いえ、違います。――何だか、今までのとは少し異なりました…」
「えっ?」
彼は驚きの顔を私に向けて固まった。
「大丈夫です。すぐに消えてしまいました。」
「…どんな感じだった?」
「苦しくはありませんでした。小さく疼いたと思ったらすぐに消えて、その後ほんの少し暖かかった気がします。」
「何処かショートしたのかな…」
彼は机を離れ、私の方へと歩み寄った。そして手を引き椅子に座らせると私を観察した。シャツの釦と釦の間から指を入れて首の下辺りに触れた。
「そんなに熱はもってないみたいだね。煙が上がってるわけでもないし。」
「作動にもやはり問題はありません。」
「どの現象もやっぱりここなんだね。一度開けて見た方がいいのかなぁ…」
心配そうにそう言って、彼は首を捻った。
「しかし、今の現象は…悪くありませんでした。」
そう言う私を彼は不思議そうに見た。我ながら変な表現をしたと咄嗟に思ったが、今までの症状とは違う事を彼に伝えたかった。苦しいのではない新たな症状。