長編小説(予定)

□取り敢えず無題(上)
57ページ/121ページ



7.混乱

甲高い音と共にシステムが再起動され、私は目を覚ました。一番で私の視界に飛び込んで来たのは、今にも泣き出しそうな表情で覗き込む彼の顔だった。

「ユキ!あぁ…良かった……」

彼はそう吐き出す様に言うと、私の頭を優しく撫でてくれた。その手は冷たくて心地良かった。ほっとした様に細められた彼の目の周りには濃い隈が見て取れる。眠いのだろうかと、まだぼんやりとする頭でただ思った。

首を動かし辺りを見回す。開け放たれた東側の窓からはきらきらと明るい日差しが差し込み、室内を淡いオレンジ色に染めていた。ここは彼の寝室。私は彼のベッドに横たわっていた。

「ユキ、私の声が聞こえるかい?」

再び私の名前を呼ぶ彼の声が聞こえる。私は彼の方へ顔を向け、彼の質問に頷いてみせた。それを見た彼は「よかった」と呟き、私の髪を梳いている。そうしてゆっくりとした時間が流れ、私の機能も次第に安定していった。

視界に入るものを正しく認識しだしたので、私は改めて私を覗き込む彼の顔を見た。彼の顔色はとても良いとは言えなかった。先だって彼が倒れてしまった時を思い出させる。そして私に触れる彼の手はとても冷たい。こんなに手が冷たくなっているのに何故彼は部屋の窓を開けているのだろうか。何故彼はこんなに顔色が悪いのだろうか。何故電気も点けていないのにこの部屋は明るいのだろうか。何故彼の寝室にいるのか…。様々な疑問が一気に溢れていった。

そしてどっと不安が押し寄せてくる。居ても立っても居られず、私はベッドから身を起こした。そんな私に彼は驚いた様子で目を見開いたが、直ぐに気を取り直して私の名前を何度か心配そうに呼んだ。

「ユキ!大丈夫かい?!兎に角落ち着いて…心配要らないから」

私は必死にベッドへ押し戻そうとする彼に、溢れて今にも零れ落ちてしまいそうな程私を埋め尽す疑問を片っ端からぶつけた。捲し立てる様に話す私に、彼は少し怯えたような顔をしていた。しかしその表情がちらりと揺らいだと思った次の瞬間、私の両頬に衝撃が走った。私はそれが何なのか理解するのに少し時間がかかった。私は彼に顔を挟み込まれる様に叩かれていた。

「……ご…めん」

そう言う彼の隈に縁取られた瞳は、薄らと水分が滲んでいた。それを目にした途端、私の中の沢山の疑問は隅の方へと追いやられていく。それと入れ替わる様にうねりを上げて押し寄せてきたのは罪悪感だった。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ