長編小説(予定)

□取り敢えず無題(上)
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9.友達

翌日から私達は書斎に大ぶりのテーブルとクッションを持ち込み、ほぼ一日中をそこで過ごした。この書斎には植物に関する書籍も多く備わってる。私達はそれらを手当たり次第引っ張り出し、植物を育てる為の知識を得ようと読み耽っていた。時々気になる栽培方法や、変わった花を見つけては話し合う。そんな事をもう数日続けていた。

「本当に色んな花があるんだね…。」

不意に彼の呟きが聞こえ、私は顔を上げる。首を慣らす様に回し、天井を仰ぎ見る彼の顔は、何十冊もある分厚い書籍に目を通し続けた所為でやや疲れの色が出始めていた。私がこれらの本のデータをダウンロードすれば、彼がこの様にわざわざ本に目を通す必要はない。しかし彼はあくまで私と共に作業する事を望み、それを拒んだのだった。

「あまり根を詰め過ぎないで下さい…。」

眉根を揉み解している彼が心配になり、そっと声をかける。また『大丈夫』と言うのではないか…。そう推測し身構えていると、彼は読んでいた頁に栞を挟み、静かに本を閉じた。私は彼の予想外な行動に目を見張った。彼はそんな私を向いからちらりと覗き込み、にやりと口角を上げた。

「ユキ、休憩にしよう。」

いつも通りではない彼の提案に、私は困惑を隠しきれなかった。勿論彼の提案は快諾に値する。なのに何故かその事実が上手く飲み込めなかった。「そうですね」と言って席を立ち、お茶の準備をすればいい。簡単な事なのに体が素直に従おうとせず、なかなか動き出せなかった。

「理由が必要?」

彼は閉じた本の上で頬杖をつき、楽しげに問う。私はこの場を上手く処理できず、小さく頷いた。彼が手招きしつつテーブルに身を乗り出してきたので、私もそれに倣い身を乗り出す。青味を帯びた黒い瞳が近付く。

「ユキがそう言う顔するからだよ。」

そう言って彼は私の顔を両手で挟み込み、緩く押し潰した。呆気に取られて固まっている私に彼は優しく笑いかけ、尚も言葉を続ける。

「それに、また私が倒れたり具合が悪くなったりしたら、ユキはもっと酷い顔するに決まってる。だからちゃんと休憩も取ることにしたんだよ。」

彼は目を細めてそう言うと、にっこりと笑って私の頭を撫でた。擽ったさに笑みが零れる。胸の奥もなんだか微かに擽ったかった。


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