長編小説(予定)

□取り敢えず無題(上)
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10.障害

春に入ってから花壇の植物達はすくすくと成長し、今では追加で植えた花の苗等も力強く根付いていた。未だ花壇には土が見え隠れしているが、それも夏に向けて葉を大きく伸ばす植物達によって次第に見えなくなってゆくだろう。

最近では空気が熱を帯び始め、雨が多くなってきた。なかなか庭に出る機会がなく、リビングの大窓から花壇を眺める日々が続いている。最初の内は雨の中でも楽しそうに舞っていた妖精達だったが、ここ数日はそわそわと漂っている事が多くなっていた。

「雨…、なかなか止まないね。」

不意に、彼の心配そうな声が耳に届く。何時の間にかリビングで寛いでいた筈の彼もまた、私の隣で大窓から花壇を眺めていた。視線の先には重く灰色の空が広がる。朝の天気予報では、台風が近づいて来ていると報じていた。

夜になって台風は熱帯低気圧に変わったと発表されたが、窓の外は未だ強い雨が打ち付けている。彼は「明日の朝には晴れるだろうから心配いらないよ」と言って、早い時間に寝室へと入った。すっかり静まり返った建物内。私は夕食の片付けや洗濯等、全ての家事を済ませてしまってからも、なかなか部屋へ戻る気にはなれずにいた。

大窓の前に立ったまま、長い時を過ごす。折角育った植物がダメージを受けるのではないかと思うと、部屋でじっとしていられそうもなかった。リビングから漏れる光が真っ暗な庭を淡く照らす。妖精達は祈る様に天を仰ぎ、未だ強さの弱まらぬ雨に肩を落としていた。私が見ているのに気付くと、健気にも笑顔で手を振ってみせる。胸の中が慌しく感じた。

玄関ホールへと足を向ける。傘立てから彼の傘を一本抜き取り、外への扉を開けた。一瞬にして大きな雨音に包まれる。私は手に傘を握り締めたまま、花壇へと向かった。あっという間に衣服は濡れ、頬を雨粒が伝う。

花壇に着いたところで傘を広げ、まだ何も植えられていない場所を選んで歩いた。少し大振りな傘とは言え、花壇全部を被う事が無理だという事は理解している。しかし、何かせずには居られなかった。彼はこの花壇に溢れる程の花が咲く事を望んでいる。それに、ずっと手入れをしてきたこれらの植物が、このまま目の前で駄目になってしまうのかと思うと、胸の中が酷く騒ついた。

一番最近芽を出した植物の上に傘をかざすと、妖精達は驚いたのか、一斉にこちらを見上げる。私が声を掛けると、妖精達は心配そうな顔をした。花壇の中は至る所に水溜まりができている。



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