- 短篇集 -


□願い事(※)
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- 願い事 -


「お前の願いを叶えてやるよ」

突然現れた全身黒尽くめの男が、不適な笑みを浮かべて僕に言う。

「どんな願いでも叶えてやる、お前の願いは何だ?」

「願い事なんて何もないよ」

僕がそっけなく答えると、男は喉の奥で小さく笑う。細められた目は異様な程の輝きを放ち、僕はその瞳に吸い込まれる様な感覚に襲われ、顔を顰めた。

「願いも無いのに俺を呼んだって言うのか?遠慮せずに言ってみろ、金か?名誉か?それとも、誰か殺したい程憎い奴でもいるのか?」

男は僕を引き寄せ、耳元で囁く。ひんやりと冷たい男の胸が心地良くて、僕はうっとりと目を細めた。生気の無いごつごつとした長い指が、僕の頭を滑る。

「欲しい物なんて一つも無い…僕は貴方にあげたい物があって呼んだんだよ」

僕は男を見上げて、にっこりと微笑む。男は目の前の僕ではなく、僕の中を見透かす様な視線を向けていた。

「…俺が欲しいのは一つだけだ」

ややあって、男はゆっくり僕と視線を絡めて呟く。

「知ってる」

事も無げに言う僕に、男は少し驚いた様な顔をした。僕は男の頬にそっと手を伸ばす。僕が、それをあげる為に呼んだのだと囁き掛けると、男は僕の額にキスをした。擽ったさに笑みが漏れる。



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