- 短篇集 -


□願い事(※)
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「だが俺がそれを手に入れる為には、お前の願いを叶える必要がる」

柔らかな笑みを浮かべ、そう言って男は僕の頬を撫でる。

「何でもいいの?」

「ああ、それと見合うだけの願いなら何でもいい」

「そう…」

僕は一生懸命考えた。だが、やはり願い事は見つからない。何も欲しくは無いし、誰かに死んで欲しいとも思わない。だからこそ、僕はこの男を呼んだのだ。

「じゃぁ、今まで僕の関わった人達を幸せにしてあげて」

僕が思いつきでそう言うと、男は顔を困った様に歪める。仮令全員を幸せに出来なかったとしても、別にどうでもよかった。辺り障りの無い願い事。

「きっと足りないだろうから、見合う分だけでいいよ」

そう付け足して、僕はやんわりと微笑む。男は何とも言えない複雑な表情で、僕を抱える腕に力を込めた。冷たい男の体が、僕の体温を奪ってゆく。

「何で幸せにしてやるんだ?」

僕の耳元で、男が感情の読み取れない声音で囁く。僕は男の顔を見たくて身を捩るのだけれど、抱きすくめられていて叶わなかった。

「理由なんてない…ただ、他に思い付かなかっただけ」

諦めて僕は男の質問に答える。すると微かな笑い声と共に、男の腕はほんの少しだけ緩くなった。僅かに身を離し、僕は顔を上げる。直ぐ傍には、胸が暖かくなる様な笑みを僕に向けている男の顔があった。

「変わってるな」



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