- 短篇集 -


□Featured(※)
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 どんなに厭な事だって、望まれれば全て叶えてあげていたのに。この期に及んで解って貰えたところで、最早遅過ぎなんだけどさ。如何して僕を見てくれなかったの?もっと早くに僕を見てくれていれば、こんな事しなかったのに。

「嗚呼、もう冷たいや……」

 触れてみると、ひんやりとしていて、僕の頬に当るこの床と、差して変わりなかった。もう人じゃない。ただの物になってしまったのだ。暖かい内に触っておくんだったと思ったが、今更過ぎてまた溜息が漏れる。

「はぁ……。これ、どうしようかな。」

 身を起こして、ぼんやりと呟く。こんな重い物、片付けるなんて骨が折れそうだった。なんだか全てか面倒な気がして、これからの事なんて全然考えられそうもない。早くしないと、夜が明けてしまうのに。

 朝になって、兄さまや妹がこれを見たら何て言うだろう。やっぱり凄く怒るのかな。そうだよね。本当はこんな事したらいけないんだって、僕だって知ってる。こんな事が知れれば、僕は父さまに殺されると思うし。

「それも、いいかな。……ねぇ、母さま。どう思う?」

 横たわる塊をゆすってみたけど、返事なんてない。ただ、びちゃびちゃと粘り気のある湿った音がするだけだった。本当にこれは、僕の母さまだったのかな?――嗚呼、まだ生きている内に聞いておけば良かった。気になって、考える事が益々億劫になってしまうじゃないか。

「僕、聞きに行こうかな……。うん、そうしよう。そうしないと、僕は気になって仕方ないもの。」

 母さまだった物の胸に刺さる真赤なナイフを僕は引き抜いた。

「また痛い思いしなくちゃならない……。もう、母さまの所為だよ?僕ばっかり痛い思いするなんてさ。」

 胸が痛いのはもう厭だった。だから、僕は握ったナイフで自分の喉を突く事にした。凄く痛い。それに、上手く呼吸が出来なくて、酷く息苦しい。あまりの苦痛に、また少し苛っとした。

 結局は胸も痛くなって、どうせ痛いのなら最初から胸を突けば良かった、と僕は後悔した。でも、この痛みもこれが最後。そう思うと、なんだか自然と笑みが零れた。ゆるゆると引かれてゆく意識がとっても心地好い。僕はそのまま静かに目を閉じた。

- Fin -


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