外伝集

姫君と侍女
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 少女はうなだれるように窓のさんに頬杖をつく。時折吹く風が、少女のミルクティー色の髪とそれを結んだピンク色のリボンをふわりと揺らした。
「お茶の準備が出来ましたよ」
 そう声をかけてきたのは、少女の侍女アンナ・パルラント。
 彼女はティーセットとケーキの乗ったワゴンを押してやって来た。
「今日はふんわりシフォンケーキです。生クリームも沢山のせておきましたよ」
 アンナは琥珀色の瞳を細め柔らかく微笑むと、紅茶をカップに注いだ。今日の紅茶はオレンジ・ペコーだろうか。柑橘系の爽やかな香が少女の鼻腔をすっとくすぐる。
「ねえ、アンナ」
 名を呼び、少女がくるりと振り替える。ローズピンクの瞳が真っ直ぐアンナを見つめた。
「ゼノンが最後に王都に来たのは……いつだったかしら?」
「ゼノン君ですか? 確か……」
 アンナは人差し指を顎にあて、いつだったかしらと記憶を探る。
 ――そう、あれは確か王都にスリーゼェの花が満開に咲いている頃だったはず。
 自分がこの職に就いたのもちょうどその頃だったからよく覚えていた。淡いピンクの花が満開に咲く頃、大半の学生は春の休暇に入っている。
 先程から話に出ている「ゼノン」と呼ばれる人物は、少女より二つ年上の十七歳の少年。現在は此処、王都ラウザルクではなく、南にある港街セレーナに住んでいる。彼はそこにあるセレナーク魔法術学校に通う学生で、セレーナに移り住んでからも、時々は帰ってきていた。学校の長い休暇を利用して――だったら。
「四月頃だったと思いますよ? 春の休暇を使って」
「四月か……」呟いて少女は腕を組む。「夏にも休暇はあったはずだけど」
 夏には来なかっただろうか、と少女は眉を八の字に寄せた。
「確か夏は、ティセ様の方で他国に留学されませんでしたっけ? 隣の大国モルウ王国に一ヶ月の長期で」
「ええ、行きましたわ。夏にモルウへ一ヶ月ほど。けど……」
「それには私もついて行きましたから……その間に来ていたとしたら、ちょっと分かりませんね」
「……だから、ずっと逢えてなかったんだわ」少女は肩をがくりと下げ、顔を包むように両手を頬にあてた。
「ああ、もう! 何でそんな時期に留学なんてしたのかしら」
 考えれば考えるほど嫌になってくる。ティセは事の元凶――モルウ王国へ一ヶ月間の留学――を作った教育係が恨めしいと思った。
「……う〜。そう考えたらますます逢いたくなってきましたわ―――アンナ!」
 ティセは侍女の名を呼ぶ。彼女の瞳は何かを決意したかのように凛としていた。
「私(わたくし)、ゼノンに逢いに行きますわ」
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