◆◇series◆◇

□酔っ払いの戯言だと、笑ってくれ
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ガチャガチャ、バタン、と玄関で物音がして、零さんが帰ってきたのかと音のする方へ向かえば、





「名前ーーーっっ、」

『う、わっ、ちょ……零さん?!』






アルコールの香りを漂わせながらのし掛かって来られた。重い重い重い!
体格差ってのがあるって知ってる?!







取り敢えず引き剥がして、散らばった荷物やら上着を拾い上げた。





『零さん、飲んできたの?歩ける?』

「ん、」




返事したのかと思えば…振り向くと両手を広げて待ってる零さん。



何だこの可愛い生き物は!




『〜〜〜っ!お帰りなさい、零さん』



たまらず、ぎゅっと抱きつけば、「ただいま」と、満足そうに頭に頬擦りされた。可愛い…。







『…ね、先着替えに行こう?そのままだとソファーで寝ちゃうでしょ?』

「……わかった」













「……ねむい」

『スーツ、皺になるといけないから、ね?』

「…うん」





こうして見ると、やっぱり零さんって童顔だなぁ、と思う。うんって、可愛いな、……、可愛い。

まるで幼子に言い聞かすようにして脱いだスーツを受け取ると、そのままハンガーに掛けようと一歩、足を踏み出した。






『え?きゃっ!』



でも、持っていた筈のスーツは床にバサッと落ちてしまった。
だって、急に引っ張られたんだもん。







スウェットに着替えて、ベッドに腰掛けていた零さんに引っ張られた私は、バランスを崩してベッドに倒れ込みそうになった。でも、倒れる事はなくて、



『れ、零さん…?』




その代わり、零さんの胸板にダイブすることになった。童顔だから華奢に見られがちだけれど、意外と逞しい零さんの胸板はなかなか厚くて、固かった。







「今日、……久しぶりに友人に会いに行ったんだ」

『うん、……どうだった?』

「ここのところ、ずっと忙しくて、やっと会いに行けて……やっと、名前のこと、報告できたんだ。俺の大切な人なんだ…って」

『ふふ、大切な人……嬉しいなぁ』






「…………なぁ、」

『ん…?』

「名前は、……俺の前からいなくなったり、しないよな?」

『零さん…?』







か細い声は、少しだけ…震えていて、

私を抱き締めてる腕に力が籠った。





「名前といると、あったかくて、幸せで、……俺は常に殺伐とした中に身を置いてるのに、この空間だけ…切り取ったみたいに、穏やかなんだ」

『うん、』

「でも、……それも、いつか、消えてなくなってしまいそうで……怖いんだ。俺の大切な人は皆……俺を、置いて、いなくなる……」







私は零さんの仕事について詳しくは知らない。
わかるのは警察関係の仕事ってことだけ。





きっと、零さんは私には想像も出来ない程の辛くて、苦しい経験も沢山して、大切な人を失ってきたんだ。

何の力もない私には、零さんを守る事も、一緒に戦う事も出来ない。せいぜい、ちっちゃな盾になるくらい。でも、そんなことしても、零さんを更に悲しませるだけだ。








今、私に出来ることは、………ひとつだけ。










『ねぇ、零さん?』

「…?」





名前を呼ぶと、少しだけ抱き締める腕の力が抜けて、ちょっとだけ身体を離せば、零さんの顔を見ることが出来た。




いつもは自信に満ち溢れているブルーグレーの瞳も、今は不安気にゆらゆらと揺れている。








『私はね、零さんとずっと一緒にいたい』

「うん、」

『零さんは?』

「え……?」

『私と一緒にいたいって、思ってくれる?』

「勿論。…嫌だと言っても、離す気はない」






そう断言した零さん。少し、いつもの零さんに戻った気がした。






『私もだよ。零さんが嫌って言っても、シワシワのおばあちゃんになっても、離してあげないんだから』





覚悟してよね!

そう言って、今度は私から、ぎゅっと抱き締めた。







「……あぁ、前言撤回は認めないからな?」

『もっちろん!』








もう、その瞳は、揺れてなかった。
















『ね、零さん………スーツ、落としちゃってるから、掛けないと……』

「そんなの、後でいいよ」

『えーー、』

「離さないって言っただろ?……だから、暫くはこのまま大人しく抱かれてて」

『抱か……っ』

「あ、今変な想像しただろ」

『し、…してない』

「俺はした」

『へ…?』

「場所が場所だし、密着してるし……仕方ないだろ?」

『仕方ないって…もう!酔っ払いは寝ててくださーい』

「残念。もう酔いはとっくに覚めてるよ」

『え、あの、……ちょっ…』

「嫌か…?」

『………ずるい、零さん』





そんな目で見つめられると、断れないって、知ってるクセに。






「名前にだけ、な」



次の瞬間には、妖しく微笑む零さんにベッドに押し倒されていた。





『そんな事言われたら、ダメって言えないの、知ってるクセにー!』

「知ってる。だから有効活用してるだろ?」

『何それ、腹立つな…』

「怒ってる名前も可愛いよ」

『悔しい……』



(零さん、ピンポイントで甘い攻撃仕掛けるのやめて下さい)(それは無理な相談だなぁ)

─fin─
 

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