◆◇series◆◇

□ベルモットからのお願い
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【ベルモットからのお願い】

─バーボンの場合─






「ねぇ、……ちょっといいかしら?」

『ふぁい?』





ベルモットから、かなりお高そうなチョコレートを貰って頬張っていたら、美しい困り顔で呼ばれた。
どうしたのかな?




『ベル……もぐ、モット……もぐもぐ、どうしたの?』

「……食べてからでいいわ。そんなに急いで食べたら詰まるわよ?」

『んぐっ…』

「あぁ、もう!言った側から……」





一瞬呼吸が止まりかけたけど、ベルモットから差し出されたワインで流し込んで生還した。





『ふはー、……ありがとう。死ぬかと思った…』

「食べる時は一つずつになさい」

『はぁい』







ベルモットは見た目派手だけど(酷い)面倒見が良くて好きだ。なんだかんだ文句言いつつも毎回助けてくれるし、美味しいものくれるし。







『……で?私に何か頼みたい事があったの?』

「えぇ、そうなの」

『私に出来る事…?ハッキングとかハニトラは苦手だよ』

「それならカシスに頼まないわよ」

『だよね』

「カシスじゃないと駄目なの」

『えっと、……具体的に何をしたらいいの?』

「……最近、バーボンの様子が変なのよ」

『バーボン?』

「使い物にならなくなる前に何とかしてちょうだい。……カシス、何か心当たりあるでしょ?」






バーボン……
私、何かしたっけ……?










『胡散臭い笑顔で口説くのやめてって言った』

「………それね」

『何言われても全部嘘っぽいって言った』

「…………頼まれてくれる?」

『えっと……』

「ただ、美味しいチョコレートをバーボンと一緒に食べて、美味しいワインを飲めば治るわ」





『うーーん、』

「マカロンとタルトもあるけど」

『よっし!頼まれた!』

「後で持って行ってあげるから、頼んだわよ?」









暫くして、チョコレートとマカロンとタルト、ワインを抱えたバーボンが部屋にやってきた。


あれ?ベルモットは?





「ベルモットからカシスへ…って貰ってきました」

『えっと、…ありがとう。よかったら、バーボンも一緒に食べよ?』

「いいんですか?」

『ん、元々そのつもりだったから』

「……嬉しいです」





バーボンにしては珍しくはにかむような笑顔を浮かべてて可愛かった。

思わずキュンとしたことは秘密だ。












二人で乾杯して、グラスを傾ける。

飲みやすい……めっちゃ美味しい






あまりワインに詳しい訳じゃないけど、今まで飲んだ中で一番高いってことはわかる。
高級なお味だ。





「はい、カシス」




バーボンが当たり前の様にチョコレートを私の口元に運ぼうとしてたので、プイッと顔を背けた。






『それは、嫌』





いつも何かと餌付けされては翻弄されてるし、毎回悔しい思いをするのは私なんだ。今回もしてやられる訳にはいかない。

そ、そんな悲しそうな顔されても、ダメなものはダメなんだから!!






『………でも、逆ならいいよ』

「え?」




私がそう言うと、
キョトン、とした顔で……バーボンの動きが止まった。

その隙にチョコレートを奪って、先程のバーボンみたいに口元へ持っていった。






『はい、あーん…』

「えっ??」

『ほら、食べないの?早くしないと溶けちゃうよ?』






体温で少しずつ溶けていくチョコレート。ちょっぴり意地悪な顔で差し出せば、バーボンは躊躇いながらもパクっとそれを食べてくれた。









『美味しい?』

「………おいしい、です」








照れてる…!あのバーボンが!


………楽しい!!









『もうひとつ、どうぞ?』

「……え、えぇ、……いただきます、」










確かにこれは楽しい。クセになりそうだ。
照れた様子のバーボンを見てるだけでも何だかワクワクしてしまうし、照れ隠しなのか、いつもなら自信満々な表情で見つめてくるのに、今日はなかなか視線が交わらない。こんなバーボンの反応はレアだ……。






『………私も食べたくなってきた』





バーボンに食べられていくチョコレートを眺めていたら、それらがとても美味しそうに見えた。

指に付いたチョコレートをぺろっと舐めてみたら当たり前だけど、甘くて美味しかった。
流石高級チョコレート。今朝のやつも美味しかったけど、こっちの方がちょっとビター…かな?若干お酒も入ってるかも。大人な味だ。






いつもならここで「お行儀が悪いですよ。マナーがなってないですねぇ。僕が一から手取り足取り教えて差し上げますよ…」なんて言って、隣の小姑がお説教しながらベタベタくっついてくるんだけど、

チラリと隣を見ても…微動だにせずバーボンは固まったままだ。いつもこのくらい大人しかったら平和なのに。









この様子なら今日くらい、仕返ししても許されるかも……?

いつも翻弄されてばかりで悔しいし、……たまにはバーボンも振り回されてみるのもいいと思うんだよね。

なんて、私の中の悪魔がニヤリと笑った。








先程同様、バーボンの口にチョコレートを放り込んで


『ね、バーボン…私にもちょうだい』


なんて言って、バーボンの下唇をぺろり、と舐めた。





『……ん、おいしい』

「っ…!」






おぉ、バーボンがここまでポーカーフェイスを崩すなんて珍しい。
いつもは垂れ目なのに、今は見開いてまん丸だ。







“バーボン”の時は何か全体的に作り物っぽいからあまり好きじゃなかったけど、今は……ちょっと好き、かも。


私の事好きとか言いながら、いつも余裕綽々なのが気に入らなかった。
用意してた台詞みたいに、言い回しも完璧で、思わずクラっとしちゃうくらいの色気と演出で翻弄しようとするけど……
そんなのは別に求めてない。






もしも……本気だって言うのなら、余裕がなくなるくらい、少しは必死になればいいのに。作り物の笑顔なんて、いらないから。





………なんて、ね。私はただ、…バーボンが私の事で余裕を無くす様子を見たかっただけなのかもしれない。









『味見も終わった事だし、私もたーべよっ…』


…と、チョコレートに手を伸ばそうとしたんだけど、横からニュッと伸びてきた褐色の手に邪魔された。


「……狡いですよ」

『え?』




「人が必死で冷静さを保とうとしてるっていうのに…貴女は…」










『必死……?いつも余裕綽々な、バーボンが……?』

「………余裕ぶってるだけに決まってるでしょう?」







ムスッとした様子でそう言うバーボンは、いつもより更に幼げに見える。只でさえ童顔なのに。

褐色肌だからわかりにくいけど、うっすらと頬が赤くなっていた。








「それなのに、拒んだかと思えばそちらから仕掛けてきますし……振り回されてばかりですよ、全く…」

『えっと、……なんかごめん』





「ごめんじゃ済まされませんよ?」

『え゛』

「ちゃんと、このワインとチョコレートがなくなるまで付き合って下さい」

『な、なんだ……。うん、いいよ』








てっきり、バーボンの事だから、無理難題ふっかけて来ると思ったんだけど。
それくらいなら、と私は軽く了承した。………が、











「ちゃんと確認しましたからね?」

『へ?……か、確認って…?』






バーボンの、その言葉の意図がわからずに私は首を傾げた。







『えっと、……バーボン?…わっ!な、なに??』






バーボンはひょい、と私を持ち上げて膝の上に乗っけた後、さっき私が食べようとしていたチョコレートの箱を引き寄せた。




「何って、……カシスの大好きなチョコレートですよ」

『それは、わかるけど……』

「言ったでしょう?」

『えっ?』





「ワインとチョコレートがなくなるまで付き合って下さい、と…」







ニッコリと、綺麗な笑顔でそう言いながら、バーボンはチョコレートを一粒つまんで、パクっと食べた。

私は未だによくわかってなかったけど、






『ん?……んんっ??!』




そのまま口唇を塞がれて、漸く理解した。


ワインとチョコレートがなくなるまで、……このまま、だって、事か!!








『んむっ、……っふ、…ぁ、んッ……!』



口唇の隙間から割り込んできた舌が、私のそれに絡まって…自然と送り込まれるチョコレート。
ゆっくりと溶けてきた、甘く蕩けたチョコレートが、じわじわと染み込んでくるみたいで、


まるで、それが、媚薬みたいで、

段々と、身体の力が抜けていくのが、わかった。









「ふふ、……まだまだ、たっぷりありますから、ね…?」






落ち着いた声色なのに、注がれるバーボンからの視線は見たことないくらいギラギラしていて、背筋がゾクッとした。


余裕を無くす様子が見たかった、なんて
浅はかだったかもしれない…と少しだけ後悔した。













『…んくっ、…ふ、……』


続けざまに口移しでワインを流し込まれて、溢さない様に飲み込むだけでも精一杯。

高級ワインなのに…!

味を堪能する余裕もないなんて、……でも勿体ないから、とそれを甘受している内に頬が段々と熱く、火照ってくるのがわかった。




「…っ、はぁ……カシス、」





薄く目を開けると、ブルーグレーの瞳と、熱い視線が交わった。
視界がぼやけるくらいに近くて、吐息が口唇に触れるくらいの距離。

頭がクラクラした。

少し…乱れた二人の息遣いが、室内に小さく響く。





……私も、バーボンも、…この程度のお酒の量で、酔う筈ないのに。









『っ、……ん、もう、……ワインは、いいからっ…!』

「貴女…まさか、もう酔った…なんて言いませんよね?」






『だから、……もう、“ワインは”いらないって…言ってるの……』




そう言って私はバーボンからグラスを取り上げて、テーブルの端へと追いやった。

チョコレートも、ワインも、もう充分過ぎるくらいに堪能したんだから、



『……味見は、もう充分だから、』





“はやく、……バーボンをちょうだい”





小さく、小さく、囁いた







『バーボンは、……チョコレートとワインがなくなるまで、なんて、……待ってられるの?』



「……そんな、煽る様なこと言って、イイんですか?」







『………だって……私は、……ワインより、バーボンがいい…』








今更止めても、もう“待て”は出来ませんからね、と、

余裕の笑顔を脱ぎ捨てたバーボンが、ひょい、と私を抱き上げた。



(わ、バーボンって…意外と力持ちだよね)(そりゃ、鍛えてますからね)
(後で腹筋触らせて欲しい…)(構いませんけど、…どうなっても知りませんからね)(…?)


数時間後、その意味を悟った私と、
「だから、…言ったじゃないですか」と微笑むバーボン。体力も尋常じゃなかった……。

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