聖書と天才

□君と僕との終焉
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夜。


風呂から上がった白石がふと窓から外を見ると、所々灯りがともる内の一つの下に、人影が見えた。

よく見ると、小柄なそれは恋人のもので。
もう寒いだろうと、白石は彼を迎えに外へと出ていった。








山の中は、空気が澄んでいて星が綺麗だ。
ふと、以前白石、大石と三人で星を眺めていたら、夜が明けてしまったことを思い出す。
眠くて次の日の練習がいつにも増して辛かったな、なんてことも。




でも
今日、ああなることが分かってたら、きっと彼も誘っただろうな。
彼は規律第一だから、きっとノッて来なかっただろうけど。
瞳を閉じて、不二はふとそんなことを考えた。

(手塚…)




「っ!」

ぼんやりしていると、急に頬に感じる温かな感覚。
目を開けると、白石が自販機で買ったであろうはちみつホットレモンを持って微笑んでいた。


「ほい。寒いやろ」
「…ありがと」

受け取ったはちみつホットレモンのキャップを開け、口に含む。
甘酸っぱい味と香りが、体内を巡った。

「美味し」
「やろ?」
「でも、林檎ジュースの方が良かった」
「…我が儘言うんはこの口かぁ?」

そう言いながら、白石は不二の唇にそっと指を当てる。
不二はそれに対して、文句は言わずただふわりと笑った。
それは、とても綺麗であると同時に何だか儚げで。
その理由は、昼間のあの出来事だろうな、と容易に想像がついた。


「寂しいんか」
「…何が?」
「手塚くんのことや」
「……」

不二は一瞬真顔になり、言葉を詰まらせたが


「そうだね。ちょっと、寂しい…のかな?」

再び微笑みを戻すと、クスッと笑いながら言った。


「何で疑問形なんや」
「…少し、嬉しいから」

不二は、更に微笑みを深めて答える。
その答えは、とても意外なもので。
不二にとってあの別れは、酷く苦しく悲しいものだと思っていたのだ。
なのに、今の彼は儚くも暖かく、優しい笑顔。
不二はもう一度クスッと笑うと、再び口を開いた。


「手塚は、僕らから、青学から、解放されたんだなって…ようやく、自分の思うように羽ばたけるんだって思うとさ…それは、すごく寂しいんだけど、手塚本人のことを考えると喜ぶべきことだと思うんだ」


本当に嬉しそうな顔。
それを見て、白石は



不二は、心から手塚を想い、尊敬し、敬愛しているのだと思った。

だからこそ、不二は


「……試合…」
「ん?」
「試合、したんやろ?」
「うん」
「どうやった?どんな感じなん?」

天衣無縫の強さを得た手塚との試合。
純粋に、すごく興味があった。


「…内緒」
「ええやん!教えてな!」
「駄目。手塚と僕の、…最初で最後の、本気の試合だったから。その結果も、その内容も、手塚と僕だけが知っていればいい」


開いた瞳は、強い意志を静かに燃やした青。
きっとその領域は、不二と手塚、二人にしか許されない聖域。

そう思うと、白石はガキのようにそれを暴こうとした自分が急に恥ずかしくなってきた。


「…何か……深く聞いて、スマンかったな」
「ん、別に…怒ってないし。…結果は、まあ君の予想通りだと思うよ」
「え、じゃあ不二くん勝ったんか!?」
「…本当にそう思ってた訳じゃないよね?」
「冗談や」
「クスッ、ちょっと傷つくなぁ…」

良かった。
やっといつものペースに戻ってきた。
さっきの調子だと、不二は手塚との二人の世界で生きている風だったから。

自分のところにも、居て欲しい。


「…ねぇ、白石」
「んー?」
「その言葉、いつか絶対冗談じゃなくしてみせるよ」

そう言って、不二は青い瞳を挑戦的に輝かせた。
よく澄んだ、本当に綺麗な瞳。


「もっと上へ、さらなる高みへ…僕は、たどり着いてみせる」
「…せやな」
「あ、でもその前に」

ふっと思い出したように呟くと、その瞳を白石に向け妖しく口元を三日月に歪めた。


「白石との雪辱戦しないと。あのままじゃ…、悔しすぎて泣けてくる」

白石はちょっと意外そうな顔をしたが、直ぐに不二との試合で見せた好戦的な笑みを浮かべると

「相変わらず、負けん気強いなぁ、自分。でも、俺も負ける気ないで」
「どうかな?第六の返し球『星花火』…破ってみるかい?」
「もっとるカウンター全部俺に破られたら嫌やろ?」
「クスッ、そう簡単に破らせはしないよ」

二人の間には、再戦を望む楽しげな空気が流れる。
甘い恋人とはいえ、元はといえばライバルなのだから。


「おっ、もう消灯時間迫ってるで。はよ中に入らんと」
「そうだね、行こっか」

二人の手は、ゆっくりと絡みあう。
自然と繋がれた手に、お互いに少し照れてしまう。


「…あ、不二くん」

ふっと視界に入った、不二の亜麻色の中に、一際光彩を放つ紅。


「髪に紅葉が…」

ひょい、と取って、不二に見せる。
彼は闇に輝く紅に、目を細めて笑った。


「…なんや、楽しそうやな」
「別にー」
「変な不二くん、はいつもか」
「煩いよ、白石」

クスクス、とお互いに笑いあうと、二人は冬が近づく冷たい風から逃げるように合宿所に向かって歩いた。
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