聖書と天才

□A capricious cat informs you of love.
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携帯電話の表示が、4月14日を示す。
ベッドに寝っ転がってその時を待っていた不二は、大急ぎで保存メールボックスを開くと、一番上のメールを送信した。


『誕生日おめでとう』
漢字入りで8文字、ひらがなにして11文字。
その中に、自分の言いたいことは全てこめて。







メールを送ってから3分後、不二の携帯電話が震えた。
ディスプレイに表示された、時代劇のような、でも大好きな名前。



「もしもし」
『もしもし、不二くん?メールありがとな!』
「クス…起きてたんだ。君のことだから、もう寝てると思ってたよ」
『今日誕生日やからなー。毎年めっちゃメールきて、寝てるどころやないねん…いつもより大分遅いから、ごっつ眠いわぁ』


そう言って、電話の相手――白石は大きく欠伸をした。
まあ、当然だろう。健康オタクの彼にとっては、早寝早起きなんて基本中の基本。
日付を超えるまで起きているなんてことは滅多に無い。


「おめでとメール、誰が一番早かった?」
『誰やと思う?』
「謙也くん」
『当たり』
「さすが、浪速のスピードスターだね」
『そう思うやろ?せやけど、アイツ送るん早すぎて昨日の11時58分に届いてん、アホやろ?』
「ふふ、謙也くんらしいなぁ」
『あ、そういえばな、今日学校で…』


そこから、他愛のない会話が続く。

進学したばかりの学校。
入学式で早速小春とユウジがやらかしたり、千歳は校舎内を迷子になったり、白石が無駄の無い新入生挨拶をしようと思ったら全力で邪魔されたり…
本当、旧四天宝寺メンバーは面白い。
それに対して不二も、大石と高校が別れた菊丸が一人ダブルスに磨きを掛け始めたことや、乾が野菜汁を早速先輩に飲ませたこと、手塚から手紙が届いて、元気でやっていることを伝えた。
最後の話で、白石のテンションが若干落ちたが。


思えば最後に会ったのは、卒業直後で。
一ヶ月も経てば、話したいこともたくさん出来る。
普段はメールばかりなので、声を聞くのも久しぶりだ。




こういうとき、携帯電話は便利だ。
東京と大阪、離れたところに居る二人の距離を、一瞬でゼロにしてしまう。
先ほどのように文字で、今のように声で、自分の感情を表すことができる。

でも。


さっきのメールにこめた想いはきっと伝わってなくて
耳元で聞こえる声はやはり本物には劣って無機質で
せっかくの誕生日なのに姿を見ることも目の前で微笑むこともできない


話に一段落ついて、ふっと無言の瞬間が訪れた瞬間に、恋しさが溢れだしてきた。
こんなとき、せめて顔がみえていればいいのに。


「白石」
『おん?』
「…ごめんね」


不二の震えた声とあまり聞けない殊勝な言葉に、白石は少し驚く。


『なんで?』
「僕がもっと傍にいられればいいのに。君の傍で、笑って君を祝えればいいのに」
『…不二…それはわかっとったことやろ?初めから…』


中学最後の全国大会の後両想いだと気付いて、恋人として付き合うと決めた瞬間から。
分かっていたはずだった。この距離の意味なんて。

それでも、今白石は震えた声で言葉を紡ぐ電話越しの恋人に、どうしようもなく触れたくなって、抱きしめてキスして慰めなくなった。


「それだけじゃない。せっかく会えても僕は我儘ばっかりで、君を困らせる」
『別に困ってへんよ?そういうところも好きやし』
「でもっ…僕は君の誕生日にこそ、君に尽くしてあげたいのに…」
『せやからええって。意外と面倒くさがりな不二くんがわざわざメールくれただけで、最高のプレゼントや』


耳元で響く白石の低い声に、不二は少しずつ落ち着いてくる。
今更何を言ったって無駄なことならば、笑っていた方がずっといい。




ずっと話し込んでいたら、いつの間にか1時を過ぎていたらしい。
お互いに眠くなってきたのか、まったりとした会話が続いている。
が、そろそろ限界のようだ。


『不二くん…もう寝たほうがええで?いくらまだ仮入部で朝練ないとはいえ…』
「ん…そだね」


欠伸を必死に堪えながら、とろんとした声で、それでも自分を気遣ってくれる白石を不二はただ愛おしいと感じた。
そして、最初のメールに乗せた想いを改めて告げる。


「誕生日おめでとう。愛してる」


あとは、照れ隠しのように電話を切るだけ。
電気を消した暗闇の中で、再び不二の携帯電話が震えることは無かった。



その日、一日中ニヤける白石の姿が目撃されたとか。







END

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