聖書と天才

□天上に咲く月下美人
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今日は俺の誕生日。
久々に、恋人である周助と会える日。
世界でも有名なカメラマンの助手として海外を飛び回っている周助と会えるのは、年に一度の俺の誕生日だけ。
今は、関空から電車でくる周助を駅で待っとるところや。


俺は待つっちゅうことを無駄なことやと思っとるし、何事も時間ピッタリに行動するタイプなんやけど、周助を待つときは別。
周助のためなら、何時間でも待ってられる。
待っとる時間は苦にならへん。


周助が来るのは、8時15分。
――あと30分で、周助に会える。









天上に咲く月下美人










病院というのは、ある意味戦場のようなところである。
近年叫ばれている医師不足による過労やら、妙な嫌がらせをしてくる病院版の『モンスターペアレンツ』とも言える患者やら。
心療内科にかかる医師も多いと聞くから、その凄まじさはお分かりいただけると思う。
学生時代はいろいろな夢を見ながら、結局は父と同じ医療の道に入った白石蔵ノ介と忍足謙也もまた、そんな戦場で戦う一人だ。


「んーっ、今日も一日働いたわぁ!」
「はは…お疲れさん」


府立病院の職員玄関から出てきた二人の顔は疲れ切っていた。
お互いに労りの言葉を掛け合いながら、大きく伸びをする。
いろいろな部分の筋肉が引っ張られる感覚が気持ち良い。


「あーあ、しかも俺明日当直やで?」
「ご愁傷さんやな。俺は明日休みやわ」
「え、なんでなん?」
「有給とったんや。何てったって、今日は久しぶりに」
「そういえば、今日は久しぶりに中学んときの奴らで集まるんや。お前も来いひん?」


白石は先ほどまでの疲れた表情はどこへやら、キラキラ輝いた顔で言葉を続けようとしたが、謙也はそれを遮るように話しはじめる。
まるで、その先の言葉を聞きたくないとでもいうように。


「え、マジか!?行きたいんやけどなぁ…」
「自分の誕生日会かねて集まってもろてるんやで?主役不在やおかしいやろ」
「聞いてへんもん。それに、俺毎年誕生日は…、っ!」


丁度そのとき二人の前に黒いセダンがとまったため、会話が中断した。
エンジンが止まり、運転席のドアが開き出てきたのは、二人のよく知る人物。


「お、光!お迎えご苦労さん」
「…そう思うんならさっさと乗ってください。仕事帰りで疲れとるんで、はよ行きたいんすわ」


二人の中学・高校の後輩である財前光は、去年の春から音楽関係の会社で働いている社会人二年目だ。
その性格上、人の下について問題なく働けるのか周囲は心配したが、趣味の世界で楽しくやっているらしい。


「行くって何処にや?」
「部長の誕生日会っすわ。もう皆さん集まっとるらしいで」
「…白石、どうしても駄目か?」
「んー、残念やけど…可愛い恋人が待ってんねん。すまんな」
「…そうですか」


白石の言葉に、財前は意味深に目を伏せる。
誰にも見えていないが、その表情は泣きそうに歪んでいた。
そして、謙也もまた寂しそうに笑うと僅かに首を振った。


「ほな、俺はもう行くで」
「あ、ちょお待って」


謙也は車の後部座席から何か取り出した。
透明な袋に白いリボンで飾りつけられた鉢植え。

それは――


「…サボテン?」
「せや。俺らからの誕生日プレゼントです」
「たまサボテンっちゅうらしいで」
「…わざわざすまんなぁ。ありがとさん!周助も喜ぶで」
「…せやな」
「ほな、皆によろしく伝えといて」


くるりと背中を向け、浮かれた歩調で歩き出す白石。
昔から聖書と呼ばれ、常に冷静さを失わない彼にしては珍しいことだ。

――否、昔から、最愛の恋人が絡むと彼は冷静さを失うのだ。


「部長!」


白石が振り向く。
財前は、今でも白石を部長と呼ぶ。
彼にとって、中学・高校いずれも部長は白石だったから、癖が抜けないのだ。


「…不二さんに、よろしく伝えてください」
「?わかったわ」


顔を伏せたまま言う財前に白石は不思議がるが、そのまま歩いていった。
謙也はそれを見送ると、財前の頭を撫でる。


「俺らも…いこか?」
「…俺着くまで寝ますんで。謙也さん運転してください」
「俺かて疲れとるんやで」
「ええやないですか。俺は心も疲れました」


そう言って、財前は助手席に乗り込む。
謙也は相変わらずな後輩にため息をつくと


「アホ。…俺もや」


そう呟き、仕方無しに運転席に乗り込んだ。








たまサボテンの花言葉は「儚い夢」…
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