聖書と天才
□Reunion
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歩道橋の上から辺りを見渡すと、なんとなく下で忙しなく動く人々より上位に立てた気がして、少し気分がいい。
実際には、僕ほど堕落した人間は少なくともこの辺りにはいないのだろうが。
Reunion
気だるい体が朝の冷たい風に晒され心地良い。
時刻を確認したいが、生憎携帯電話は今所持しておらず、数年前に狂ったままの腕時計を見ると7時46分。勿論実際とは違う。
この時計は、今は世界で活躍するテニスプレイヤーとなっている友人から20歳の誕生日に貰ったものだ。
彼の住むドイツ製のもので、比較的安価だったがそれはあくまで同じブランドの他の商品と比べてであり、値段を知った後は目玉が飛び出るかと思った。
慌てて問い詰めたが、「アンティークもの、好きだろう?嫌だったか?」という何ともピントのずれた(というよりも、わざとずらしたような)答えが返ってきた。
真面目なら真面目らしく、明らかに高価すぎるプレゼントの理由を真っ直ぐに教えてくれればいいものを。
彼は意外にもとぼけるのが上手い。堅物のくせに。
しかしこういうやり取りは嫌いではなく、寧ろ彼以外の誰とも出来ないことだったので、だから彼の隣が好きだったのだ。
輝かしいあの三年間を共にし自分にとっての不可侵で絶対的存在だった彼とも、大学卒業以来連絡を取っていない。
彼だけではなく、高校までずっと同じクラスだった親友とも、千葉に住む幼馴染とも、大学卒業記念の大飲み会以降会ったことは無かった。
溺愛していた、否、今でも溺愛している弟や家族には年賀状を欠かさず送ってはいるが、それ以外に過去と今の僕とを繋ぐものなど何も無く。
結果、彼のくれたこの時計だけが、過去の自分を確かに証明する唯一のものとなっている。
何年経っても狂わせたまま直さないのも、あの頃の綺麗な綺麗な自分をいつまでもそのままにしていたかったから。
今の穢れきった僕自身の、囚われていたい永遠の『過去』。
もっとも、あの頃の自分でさえ、綺麗だったと自信を持って言えるほどでは無かった。