恋する大和撫子
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それは、春の出来事でした。
・・・と、言いましても、もう公園の桜たちは散ってしまい、葉桜が風に揺れる頃でしたので、初夏に近かったかもしれません。
学校を卒業したにもかかわらず、就職先が未だに見つからずに困り果てて、落ち込んでいた頃でした。
そんな私に突然、兄がこう告げました。
「結婚する。」
と。
私には家族は兄の菊しか在りませんでしたから、とても嬉しく思いました。
たった二人の寂しい我が家(飼っている犬等も合わせれば、当然二人だけではありませんが)に、新たな家族が増えるのですから、嬉しいと思わない訳がありません。
そして、ようやく兄も妻を持つのか、という安心感を感じていました。
しかし、その相手の名を聞いたとき、私の思考回路はいきなり、働くのをやめてしまったのです。
“ローザ・カークランド”
私の、学生時代からの友人――親友――だったのです。
そして、彼女は兄の職場のパートナーの――・・・
「桜?どうしましたか?」
「いいえ、兄さん・・・。ちょっと、吃驚してしまっただけです。」
兄は、心配そうに私に問いかけてきました。
『反対ですか?』と。
反対なはず、ありません。
たった一人の家族の、大切な人が、私の大好きな友人なのです。
むしろ、喜ぶべき事です。
それなのに、私の思考はフリーズしてしまいます。
おかしな話ですね。
「それは良かった・・・」
兄は、本当に安堵した表情を浮かべていました。
私も、一生懸命笑いました。
色々な事が脳内でぐるぐる回っていたので、兄の言っていることは何も考えられていませんでしたけれど。
ローザさん、ローザさん・・・
何故でしょう、大事な親友のことを考えているはずなのに、彼女の顔ではなくて違う人を思い浮かべてしまうのです。
どうして、彼女のお兄さんの――アーサーさんを思い出してしまうのでしょう。
(私は、自分にとってそれは無縁のことだと思っていたのでしょう。少なくとも、この時は・・・)