きみがため

□平和島兄弟は自身が置かれた状況を理解しきれていない
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 ガタンゴトンと響く音と振動によって、優希は目を覚ました。始めに目に入ったのは見慣れない天井と、古い印象を与える部屋を照らす灯り。
 ――ここはどこだ。
 急いで身を起こせば、固い簡易なベットに横たわっていたことが明らかになる。
 ベットの上から辺りを見回す。小さな部屋には簡易なベットの反対側に小さなソファとテーブルがあり、ソファとベットの間には外が見える小さな窓もある。ソファの上には兄である静雄が寝ている。
 おかしい。おかしすぎる。優希にはこの部屋に入った記憶などない。静雄とも家が別なため一緒の場所にいると いうこともおかしい。何よりも優希は
列車に乗った記憶さえないのだ。
 ガタンゴトンと音を立てて部屋が揺れる。小さな窓の景色は揺れに反して速く横に過ぎていく。夜なのだろう暗すぎて見えない景色は明らかに池袋、都会ではない。
 静雄を起こそうかと思ったが、時間が遅くてキレられては困ると、確認の為に携帯をポケットから取り出した。画面を確認すれば、記憶にある日にちから一日経った日付で、時刻もまだ夕方から夜に変わる時間だった。外が暗く感じるのはこの部屋が明るいからだろう。
 なら静雄を起こしても平気かと思ったとき目に入った二文字。

「圏外?」

 どこまで田舎なのだろうか。窓に寄って外を見れば、先程までうっすらとしか見えなかった景色が大分マシに見える。
 木、樹、木、野原、畑、たまに民間。電線などとんと見当たらない。
 勘弁してくれ、と呟きながら、ソファへと目をむける。大きな静雄が寝ているため小さなソファは更に小さく見える。あの寝方は首を痛めるだろう。視界の端に見えた自分の鞄やテーブルの上に置いてある紙は気になるが、先に静雄を起こすことにする。

「兄貴、起きて兄貴」
「ん……あ? 優希?」

 目が覚めて優希がいることに驚きながらも、静雄も辺りを見回す。どうやら自分の家ではないことに気付いたようだ。
 首痛ぇと手を当てながら首を回すといくらかマシになったのか、優希に向き直る。

「で、ここは何処なんだよ」
「分からないけど、池袋ではないことは確かだよ」

 圏外と表示された携帯を見せれば、静雄の眉に皺が寄る。睨まれても分からないものは仕方がない。
 思い出したように列車の中だと告げれば、更に皺が寄る。バーテン服のポケットから煙草を取り出してくわえる。恐らく全力で落ち着こうとしているのだろう。
 火がついた煙草の煙を目で追っていると、幾分か落ち着いたのか静雄が口を開く。

「そこに置いてある紙はなんだ?」

 小さなテーブルに置かれた紙二枚。飛ばされないよう灰皿が重石代わりになっている。灰皿を静雄へと渡し、紙に目を走らせた。
 表情こそ変わっていないが黙ってしまった弟に静雄が声をかける。

「……フライング・プッシーフット号」
「なんだ、それ」
「多分、読み方あってるならこの列車の名前……」

 静雄の記憶が正しければ、横文字の列車など無かったような気がする。二枚のうち一枚を手渡され、静雄の顔は驚愕へと変わった。
 優希の言った読み方があってるならと言うのは全て英語で書かれていたから。優希の顔が浮かないのは日付が1931年だから。

「タチの悪い悪戯か?」
「にしては随分と大掛かりだよ」

 それに平和島静雄に悪戯を仕掛けるなんて命知らずは一人しかいない。全身真っ黒な幼馴染みの兄を思い浮かべたが、あの人だって人の子だ。人間二人の大移動などできないだろう。
 フライング・プッシーフット号と口の中で呟きながら優希はもやもやとしたものを抱えていた。どこかで聞いたことのある名前。恐らく英語が読めたのも先
に名前を知っていたからだろう。
 ベットに腰掛けながら優希はどうしたものかと考える。
 紙、――恐らく列車のチケットなのだろう――にはシカゴからニューヨークへと書いてあったことから今いるのが日本ではなくアメリカであることがわかった。
 しかし1930年代のアメリカとなると安心はできない。東洋人などほぼいないだろう。幸い静雄と優希は日本人にしては珍しい髪色をしている(静雄は染めた
だけで元は優希と同じ色なのだが)が顔はどこからどうみても東洋人独特の顔立ちだ。そして何より二人とも英語ができない。学校で習うのと実際に話すの
では大分違う。
 総合して考えると部屋から出ないのが得策なのだが、何かしなくては始まらない。ずっとこの列車の中にいるわけにもいくまい。
 優希は立ち上がり、ソファの横に置いてあった自分の鞄へと手を伸ばした。

+++

 若い車掌は帽子の下の赤い髪を揺らして歩いていた。手に持った紙は乗客リスト。名前こそ書いてはいないが、チケットの番号の横には二つチェックマークがついている。一つは乗車した時につけたもの、もう一つは車内でつけたもの。その横に空欄があるのは下車するとき用だ。上から目を滑らせていくと、二つ目のチェックマークがついていないヶ所が二ヶ所あった。
 部屋番号からして、この車両の近くにあるので、確認の為に行くかと足を動かす。すると、前から二人の男が歩いてきた。長身のバーテン服を着た金髪の男と上下を淡い青色で揃えた茶髪の男。
 はて、あの様な出で立ちの人物はいただろうか。乗っている客を全員憶えてるわけではないが、どう考えてもあの格好は浮いている。なにより二人とも東洋系の顔立ちをしている。
 バーテン服を着ている方はもしかしたら食堂の従業員かもしれない。道に迷った客を食堂へ案内しているのかもしれない。
 だから茶髪の男にチケットを見せるよう話しかけた時、金髪の男もチケットを出したことに少なからず驚いた。よく見ればこの二人、なんとなく雰囲気が似ている。兄弟だろうか。
 二人のチケットの番号を確認し終わるとリストのチェックマークはすべて埋まった。
 礼を述べながらチケットを返すと食堂はどこにあるか聞かれた。食堂車までの車両数を教えると男達は礼を述べて過ぎ去っていく。その姿を横目に見た後、若い車掌は先頭車両へと向かって歩き出した。


(兄貴、今の人……)
(日本語だったな)
(今日は変わった客が多いな)

平和島兄弟は自身が置かれた状況を理解しきれていない

※続かないよ!

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