きみがため

□表で騒ぐ奴がいるなら裏で模索する奴もいる。
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 その日も万事屋には依頼が一切入っていなかった。銀時は何時もの席でいつものようにジャンプを読み、神楽はソファに寝転びながらテレビを見て、新八はいつもと変わらない二人の様子を呆れながら掃除機をかけていた。
 そういえばカレンダーを捲っていなかったと日捲りのそれを一枚剥がす。月末。そろそろ家賃回収にキャサリンが来る頃だろうと思い出す。しかし残念ながら今月はほぼ仕事が入ってこなかった。勿論金はない。また逃げる羽目になるのだろう。
 ため息を一つつきながら掃除機を片付けようと、持ち上げたところでチャイムが鳴った。

「新八ィ、見てこい」
「どうせキャサリンさんかお登勢さんが家賃回収に来たんですよ。銀さんが出てください」
「新八から雑用を取ったら眼鏡しか残らないネ。行ってくるヨロシ」
「僕の存在意義って何!? 眼鏡と雑用!?」

 そうは言いながらも染み付いた雑用根性は剥がれず、玄関へと向かう。居間から出ると玄関までは一直線。曇りガラスの玄関から見えるシルエットはお登勢のものでもキャサリンのものでもない。新聞勧誘なら断らなくては。と依頼よりも先にそう思ってしまうことから、いかに万事屋に仕事が入らないかが伺える。
 カラカラと古めかしい音を立てて玄関を開くと一人の男が立っていた。無地の藍色の着物を着た茶髪の青年は、無表情ながらも端整な顔立ちをしている。いや、無表情だからこそ、彼の容姿が引き立っているのだろう。見るからに新聞屋でも宅配便でもない彼は恐らく依頼人なのだろう。予想もしなかった客人に、呆然と青年の顔を見ていた新八は、どう切り出すか悩んでいた。すると新八が口を開くよりも先に青年が言葉をつむぐ。

「坂田さん、いますか?」

 青年の言葉に当初の目的を思い出した新八は謝罪を述べながらも青年を奥へと案内する。机に足を乗せながらジャンプを読み続けている銀時に依頼人が来た旨を伝えると、新八は青年にソファに座るよう促し、茶を入れに行った。寝転がっていた神楽を退かし、青年と机を挟んで反対側のソファに座ると話を切り出す。

「んで? 依頼ってーのは?」
「依頼って言うほどのものじゃないんすけど……あんたが坂田さんですよね?」
「そーだよ、俺が銀さんだよ」

 歯切れの悪い青年の言葉に余程重大な依頼なのかと、万事屋一同に緊張が走る。
 誰かが固唾を飲んだ。
 するとおもむろに立ち上がった青年は机から身を乗りだし銀時の手首を握った。

「家賃の回収に来ました」

 沈黙。
 余りの衝撃に定春さえ固まっている。

「これだけ文章伸ばしといて家賃回収ぅぅ!? 俺等超恥ずかしいじゃん! なんか重大なこと発表されると思ってた俺等ただの恥ずかしい人じゃねぇか!」
「お登勢さんからしたら家賃を貰うってことは坂田さんへの依頼ですよ」
「うまくねぇんだよ! つーかなんでさっきから表情微動だにしないの!? こえーんだけど! 普通に怖いんですけど!」
「俺昔から頬の筋肉固いんですよね。だからこれでも笑ってるつもりです」

 銀時の怒涛のツッコミを物ともせず、青年は冷静に答える。勿論手は離さずに。
 それから数分、折れたのは銀時達の方だった。

+++

 万事屋の下の階にあるスナックで銀時達はモップを持って動いていた。家賃回収と言われたが、依頼がないのであれば金など入ってこない。勿論家賃を払う金などない。むしろ欲しい。キブミー金。
 そういえば、とカウンターの側で掃除をしていた銀時がお登勢へと疑問を投げ掛けた。視線はカウンター奥で食器を洗っている、先程家賃を回収しにきた青年に向けられている。

「んで? いつの間にまた従業員増やしたんだ?」
「一週間程前にね。路地裏で丸まってたから何やってるか聞いたら帰るところが無いって。」

 見たところ新八と同じぐらいの青年。恐らく家出か何かなのだろう。そんな身元もはっきりしない人間を拾うとは……。いや、今この場でキチンとした身元があるのはお登勢と新八ぐらいなのだが。銀時もお登勢に拾われた身。神楽は結果的には不法入国者、キャサリンは前科持ちの元怪盗、たまに至っては処分対象の機械である。今さら家出青年が増えたところで痛くも痒くもない。むしろこの面子では霞んで見えるくらいだ。
 チラリと他の面子に目をやると、掃除をほっぽりだし、各々好きに騒いでいる。

「それで住ましてやってんのか? 犬猫じゃねぇんだからよ」
「家賃払わないあんたよりよっぽどマシさね。いらないつってんのに着物代やら家賃やら持ってくるんだからさ」

 痛いところを突かれた銀時は思わず口を閉ざす。青年は相変わらず黙々と食器を洗っている。頬の筋肉が固いと言っていた(それが本当か甚だ疑問だ)が、表情は一切動いていない。
 そこでふと気が付いた。
 視線を青年から外してお登勢に問う。

「名前はなんて言うんだ」
「優希です。平和島優希」

 答えたのはお登勢ではなく、青年――優希だった。食器洗いを終えたのか、袖を上げる為の紐を外し、タオルで拭いた手を銀時に差し出している。要するに握手だ。銀時は鼻を一度鳴らすと、モップを持っていない手で優希の手を握り返す。銀時より少し小さな手は、水仕事をしていた為冷たかった。

「これからの家賃回収、よろしくお願いします」
「これそういう握手!?」

 このやり取りが数ヶ月前の事。

+++

 雪降る夜の公園に、背もたれのないベンチを挟んで向かい合う影があった。泣きながら酒を注ぐキャサリンと、同様にその酒を飲むお登勢。その近くの木の影から二人を覗く銀時達。クルリクルリと手元にある取り返した通帳を弄ぶ。
 事の発端はキャサリンの結婚報告。借金を背負った男だったが、キャサリンとお登勢のような店を作ると宣言していた。しかしそれは全て虚言。彼の待つと言う街に行ってみたが消息は掴めず、預金は全て無くなっていた。仕方無しにかぶき町に帰ってはきたが、お登勢に見栄を張って出てきた為帰るに帰れなかった。そんなキャサリンの姿を発見した長谷川が銀時の元へその様子を伝えたのだ。
 長谷川の話を聞いてストリップバーを出た銀時を待っていたのは優希だった。

「おいおい、ここはガキが来るところじゃねぇぞ」
「だから外にいたんですよ。というかそう言うの興味ないです」
「そーかよ。俺は忙しいんだ。万事屋に用があんだったら…」

いつもはここで銀時からの鋭いツッコミが入るが、今はそんな茶番劇をしている暇はない。じゃあなと背を向けて歩き出した銀時の言葉に被せるように優希は口を開いた。

「キャサリンさんの金、取り戻すつもりなんでしょう?」

その言葉に勢いよく振り返った銀時に突き付けられたのは一枚の小さな紙。

「『外道ローン』。かぶき町の端にあるヤクザが取り締まってる会社です」

 紙を受け取り、目を通すと優希の言う『外道ローン』までの簡易な地図と、時間が表記されていた。
 優希の話を聞けば、偶然買い出しをしていたところ、相手の男がいかにもその道を行くものと共にいるのを見たらしい。

「まぁまさかキャサリンさんを標的にするとは思いませんでしたけど」

 優希は夜はお登勢のスナックで給仕をしている。その時、男とキャサリンが話しているのを聞き、男の跡をつけついたのだ。紙に書かれている時間はそこから割り出した男が会社に足を運ぶ時間である。

「最近見ねぇと思ったら、そーいうことかよ……」

 まぁいい、と呟いて銀時は頭を掻きながら踵を返す。ここからなら余裕で時間に間に合う。

「ついでにあのバカの居場所探すのも頼まれてくれ」

 そう言って外道ローンへと足を運んだ銀時。受付や社内にいたバカ共を伸し倒し、一般的に社長室と呼ばれる場所に足を踏み入れた。そこには優希の言った通り件の男と外道ローンの社長が聞くだけで腸が煮え繰り返りそうな会話をしていた。
 男の通帳を文字通り奪い、外に出ればいつの間にか日は落ちていた。外で待っていたのは優希ではなくたま。優希がキャサリンの居場所を突き止めたことを伝えにきたようだ。
 見栄を張った彼女が居たのはスナックから一番遠い公園。段ボールの中に入り、新聞紙を肩にかけてお登勢から貰った酒をしっかりと抱えながら寒さに震えていた。
 その公園にお登勢を連れていき今に至ると言うわけだ。
 ふと視線を優希に移す。二人を眺めている目は細められ、口元は微弱ながら上に上がっていた。笑顔とは程遠いが確かに優希は笑っている。

「なんだ、笑えんじゃねぇか」
「だから、最初から笑ってますよ。顔の頬の筋肉が……」
「あーあー、わかったもうそれは聞きあきた」

 通帳を持っていない手をヒラヒラと振る。そしてまた通帳を弄び始めた。

「さて、俺達も飲ませてもらうとするか。」

最後の一回とばかりに回った通帳は、今までよりも高く飛んだ。

「お代は……俺が持つぜ」


表で騒ぐ奴がいるなら裏で模索する奴もいる。

(って言ってもそれ、キャサリンさんのお金ですよね。)
(ちょっとはかっこつけさせてよ!)


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