sissy

□TRAIN
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『まもなく、2番ホームに電車が参ります。』

落ち着いた女性の声のアナウンスに耳を傾けた浩太は、いよいよまずいな、と呟いて目を開けた。
これを乗り過ごしてしまうと、新幹線の時間に間に合わなくなってしまう。
「何やってんだ、あいつは…。」と一人呟き、浩太がベンチに座ったまま、改札に続く階段を覗きこむようにしてみると、階段の横の線路の奥から眩しいライトが二つ、道にそって蛇行しながら近づいてくるのが見えた。

同時に、連絡通路のある階段の上から慌ただしい足音が聞こえてきたのに気が付いた浩太は、ことさらにふかい溜息をつく。
それはホームに滑り込んできた電車のブレーキ音にかきけされてしまったが、同時に階段から「うひゃあ〜!!」という叫び声が響きわたった。

浩太は、それを背中で聞きながら「やれやれ」とこぼして立ち上がると、階段を下りてくる男を無視し、明るい車内へと一人乗り込んだ。

「まったまった、ちょっとまったぁあああ!!」

階段を転がるように降りてきた男は、叫びながら閉まりかけた電車の扉に突撃すると、ドアの隙間に持っていた荷物を入れるという、大変迷惑な作戦を成功させた。

電車のドアは仕方なく彼だけのために再度開かざるをえなかった。

「ありがとう!!俺は今心から国鉄に敬意を表している!!」

叫びながら先頭車両に敬礼をした男は、胡乱な顔をした車掌を大して気にした様子もなく、ようやく電車に乗り込んだ。

ピンポン、ピンポンという合図が鳴ってドアが閉まると、「お客様にお願いいたします。駆け込み乗車は大変危険ですので、ご遠慮いただきますようお願いいたします。」という、つとめて冷静なアナウンスが車内に流れた。
「んなこと言っても結局乗せてくれる優しいあなたが大すきよ!!!」とスピーカー目がけて投げキッスをした男は、次いでキョロキョロと車内を見渡して友人の姿を見つけると、悪びれなく二カッと笑った。

「よう!待たせたな!!浩太!!」

その豪快さに、車両の長椅子の端にちょこんと座っていた浩太は、声をかけられた瞬間、なんとも嫌そうな顔をしてしまったのだった。



「いやあ、ギリギリセーフだったな!!見たかよ、俺の華麗な滑り込みを!!」

「アウトかセーフでいえば、あれは完全なるアウトだと思います。」

「んなこたぁねぇ。アウトなら俺は今ここにはいねぇだろーが。」

「…。」

「俺のポリシーはな、浩太、『人生はギリギリで生きる!!』だ!!ギリギリは男を育てる!!そして時にははみ出すんだ!!どちらかといえばギリギリを少しはみ出すくらいが男ってやつだ。俺のことは今日から『瀬戸際の男』と呼ぶがいい!!」

「呼ばねぇよ。」

「ところで、隣空いてる?」

「…。」

返事を待たず、隣に腰かけた男を見て、浩太は呆れた顔をしてしまった。


男は浩太の数少ない友達で、菊池と言った。
付き合いは高校に入ってからなので、まだ三年も経っていないのだが、仲は良かった。
いや、すさまじく良かった。

と、いうのも、「ある事件」がきっかけで周囲が浩太に対して好奇な、しかも意地の悪い目で見ていることに対し、菊池はそれに全く無頓着だったのだ。
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