企画

□いちじく&菊
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5、トリュフ


 こんな日に閉じこもってどうするのよ。

 そう言って唇を尖らせた彼女は、妾の口元に甘く香る物を押しつけた。
 文句も言わず口を開け、放り投げられたものを転がす。
 チョコのやけに甘い味と、アラザンの硬い感触が口に残る。

「まずい」
「ひどっ! せっかく作ったのに!」 

 作った、か。
 まだ彼女の手に握られている袋を見る。
 綺麗にラッピングされていた物だが、リボンは解かれ口は開いている。
 中の物はチョコレート。いや、丸いチョコに粉がまぶっている。
 非常に綺麗な形で、店に並んでいても申し分はないだろう。
 ただひとつ、上に散りばめられたアザランがすいぶん安っぽいが。

 それに。

「買えばいいだろう」
「そんな身も蓋もない」
「……あぁ、カカオから作ったのか」
「そんな高等技術を!?」

 高等技術だったか?
 確か適温さえあればカカオは育つはずだと、前誰かに聞いた気がする。
 それとも種を加工する技術が難しいのだろうか。
 以前気になったときには、『チョコは何から出来るのか』しか聞いていなかった。
 ちゃんと、作り方まで聞いておくべきだったな。

 そう思うと途端気になり出してしまう。
 せっかくなので目の前にいる彼女に詳しく聞こうと口を開く。
 しかし、声を発する前に再度チョコを放り込まれてしまった。

「……甘い」
「チョコだからね。それより今日はバレンタインよ!」

 バレンタイン?
 そういえば良くテレビやらで話題にしていた気がする。
 そうか、今日が2月14日。俗に言うバレンタインデー。らしい。

 しかし、しかしである。

 もうっと頬を膨らましている彼女、いちじくを見て疑問に思う。
 果たしてそれは妾に関係あっただろうか?
 いや、それ以前に何故彼女はわざわざ家に引き篭っていた妾を訪ねたのか。
 そもそも、妾は彼女と会話したことも出会ったことすら無かったはずだが、これは一体?

 そんな妾に彼女は気にした風もなく、にっこり笑ってみせた。

「あのね菊。 私、今日は憧れのお姉さんにチョコを渡そうと思っているの。
それで出来れば仲良くなりたいとも思ってるわけ」
「?」

 よくわからなかった。
 そもそも憧れのお姉さんは誰だと疑問になって口を挟みたかったが、いちじくの話は終わっていなかった。

「つまり『バレンタイン☆大作戦』って奴よ」
「はぁ」

 片っ端から聞きたいことが出来てしまった。
 つまりってなんだとか、☆は必要なのかとか。

 それで――と、ここでいちじくは楽しそうな笑顔を浮かべると、妾に手を差し出した。


「一緒にチョコ配りましょう!」


 ――そういえば以前誰かから聞いた気がする。
 バレンタインデーになると、女の子たちは輝き出すとか。
 なるほど、確かにこの笑顔は輝いているとしか言えないかな。

 きっと、彼女は引き篭っていた妾に気を使って呼びに来てくれたのだろう。
 わざわざ、さして親しくもない妾に声をかけて。

 妾は彼女の手は取らずに首を横に振った。
 今日はそんな気分ではないのだ。

「そっか」

 しゅんと項垂れてしまったいちじく。
 そんな彼女の手から口の開いた袋を奪い去る。
 驚いた表情の彼女の目の前で、チョコをひとつ口に放りなげた。
 やっぱりまずい。

「こっちは貰っておく」

 にっと笑ってやると、彼女はまた輝いた笑顔をみせた。
 バレンタインはすごいな。
 ただ引きこもりの妾でも、こんな笑顔を与えられる日なのだから。


「――あぁ、ちょっと待て」

 今にもスキップして帰りそうな彼女の背中を、妾は呼び止めた。

 ずっと聞き流していたけれども、これだけは聞いておかなくては。
 口に含んだチョコレートが溶けるのを待って、妾は彼女に問いかけた。


「バレンタインって、何だ?」




  とけるまでが バレンタインです。







生野さん宅のいちじくさん。
馨月さん宅の菊さんをお借りしました!




             

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