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□第九話
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 ――放課後。

 愛ちゃんに先に帰ってて、と言うと、案の定どうしたのかと聞かれたが、「ちょっとね……」と誤魔化した。それでも疑わしげに見てきたので、じゃあね、と言って、さっさと別れてしまった。



 そして今は一人、放課後の教室で、これからここに来るであろう海子たちを待っている。まだ夕日と呼べるほどではないけれど、太陽は傾き始めていた。

 しばらくして、ガラガラッという音とともに教室の前扉が開き、海子を含めた五人が入ってきた。どこぞのドラマの一シーンのごとく、だった。心の底から適役に見えてしまうから恐ろしい。

 「ふーん? 来たんだ」
 「逃げると思ってた〜」
 「意外と根性あるんだね」

 口ぐちに言う。私の席は後ろのほうだから、海子たちとの距離はまだ十分にある。逃げようと思えば今からでも不可能ではない。だけど、ここで逃げるくらいなら初めから逃げてる。私は微動だにせず――心の動揺を隠して、椅子から腰を浮かせることはなかった。

 「立ちなよ」

 海子が私の右側に回り、腕を引っ張った。私は逆らうことなく立ちあがる。腰が重い。立った勢いでそのまま腕を下へと引かれた。突然のことで判断が追いつかず、私は床に倒れ込む形になった。

 「いって……」

 起き上がりかけたが、後ろから誰かに押さえつけられた――真奈だった。

 「あんたとはさ」

 静かな口調で話しだす真奈。

 「小学生のときから一緒で、一度も喧嘩したことなくて、一番の友達だって思ってた。好きなものも、嫌いなものも、全部同じで。お互いの好きなとこも、お互いの嫌いなとこも、お互いの許せるとこも、お互いの許せないとこも、全部受け入れて」

 意見の合致。
 許せなくても、受け入れる。
 受け入れられる――存在。

 「だから、今でもこんなことになってること、信じられないよ。あんたから見たら、あたしたちなんて最低の愚物なんだろうけど、あたしたちにだって、よくわからないんだ、どうしてこんなことしてるのか……」

 よくわからない。

 それは、以前にも言っていたことだ。

 『理由とかないんだよ。だけど、あんたのこと……望のこと、今まで通りには見れなくなった』

 なんて、悲しげな――苦しげな、顔をするんだろう。真奈の表情は歪んでいて、苦しめられているのはこちらのはずなのに、その表情を見るだけで悲しさが込み上げてきた。痛ましい、と言うのだろう。

 真奈は私が立ち上がらないように、私の背中を上履きで踏みつける。両手を着く形になった私は、顔を上げることもせずに真奈の言葉を聞いた。



 と、そのとき。

 ばたばたっ、という上履きで走る音がして、教室の後ろ扉が勢いよく開いた。そこに立っていたのは、息を切らせた愛ちゃんだった。

 「愛ちゃん……どうして……」
 「内間さんも呼んだの?」

 愛ちゃんが何か言う前に、海子が他の四人に訊いた。けれど、その全員が首を横に振る。

 「望ちゃん、様子が変だったから……」
 「ああ、なるほど」

 私が納得するよりも早く海子は理解したようで、一人頷いていた。そして他の四人に目配せすると、そのうちの二人が愛ちゃんに寄っていって、その両腕を掴んだ。あっという間に、愛ちゃんも私と同じ体勢にさせられる。

 「く……っ」

 結構強く押さえつけられているらしく、愛ちゃんは呻き声をあげた。

 「愛ちゃん……っ」
 「なんなんだろうね、あんたら」

 今度は、海子が相当呆れを含んだ声音で言った。

 「青春コントですか? なんかこう、そういう仲間意識とかさ、いいけど、嫌だよ。見ていて鳥肌が立つ。あ、違うよ? 感動の鳥肌とかじゃないから。悪寒の鳥肌だから。……仲いいのも文句ないけど、綺麗ごとすぎて馬鹿らしいよ、あたしにしてみれば」
 「……じゃあ、海子は、どうして真奈たちと一緒にいるの」
 「どうして、だろうね? 一緒にいるのが楽しいからじゃない?」

 有耶無耶に答えて、それで、おしまいだった。

 海子たちは、私たちを押さえつけたまま、教室に備え付けられているゴミ箱に手を伸ばした。まさか、と思ったときには、そのゴミ箱は四十五度以上傾いていた。

 ガシャガシャガシャ!

 中身は空き缶。
 ゴミ箱一杯に詰め込まれた空き缶が、頭上から降り注いだ。一つ一つはとても軽いが、それがここまで大量になると痛くないとは言い難い。おまけに、中身が少量入っていたものも捨てられていたらしく、べとべとした液体が制服や顔に付いた。いろんな飲み物の臭いが混じり合って、不快な空間ができあがった。





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