企画用倉庫

□真相は嵐の中に
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…グリーンからすれば、「レッドは頭を撫でると喜ぶ」という認識が当然のようになされていて。
だから今目の前に座っている大きくなったレッドも喜んでくれると思っていた。
でも、今のレッドはそれを嫌がる。

レッド、なのに。

ちくり、ちくりと小さな棘がグリーンの胸を刺す。
年の差もあるし、年月によるズレがあるのは認めよう。
だがそれだけでは飲み込めない、何かがあった。

「そ、そうだよな。もうガキじゃねーんだし、頭撫で撫で〜なんて、嫌に決まってるよな」

何でこちらがこんなに慌てて言い訳をしなければならないのか不思議に思いながらも、それでも口は止まらない。

「だ、第一こんなことしたら彼氏が黙ってないよな!悪い悪い!」
「…彼氏なんて、いない」
「またまた、冗談言うなよ。モテるだろ?すげー美人になってて俺もすっげーびっくりしたし」

言わなくていいことまで口から滑り落ちているような気もするが、場を繋ぐためならこの際何でも言おうと思った。
彼氏、モテる、美人。
そうだよなそんな年頃だよな彼氏の一人や二人いるよななんて考えて、自分で言ったことにまたダメージ。

(だからなんで、ショック受けてんだよ俺!)

月日が生むギャップというのは本当に恐ろしい。
色恋などに無縁だったあの日から、自分も彼女もこんなにも成長してしまっている。
もともと離れていたレッドという存在が、更に遠くへ行ってしまうような気がした。

「…、」

頑張ってテンションを上げすぎた反動で、グリーンが余計に泣きたくなってしまった頃。
ますます俯いてしまったレッドが、もごもごと何か口を動かしたことに気が付いた。

「ん?」

一回では聞き取れなくて、思わず聞き返す。
相変わらず俯いたままの顔からは、今どんな感情を抱いているのか分からなかったけれど。


「…そんなこと、言わないで」


彼女が呟いたと同時に、ばつんと大きな音と共に目の前が真っ暗になった。

「…へ?あ、ああ…停電、か」

…と言ってもそれは、比喩表現でもなんでもなく。
グリーン自身も自分が気を失ったのかと思って一瞬驚いたものの、すぐ原因に思い至る。
この雨風では、停電などのアクシデントがあっても仕方ないことではあるけれど。
またすごいタイミングだな、なんて内心毒づきながらポケットの携帯を取り出す。
その明かりを頼りに部屋の電気スイッチまで行き、かちかちといじってみるも当然のように反応はなくて。

「一応元も見てくるか…レッド。ブレーカーの場所、分かるか?」
「…わ、分からない…」

そりゃあそうだよな、と知らなくても仕方ないという雰囲気で落ち込んだ様子のレッドを慰めるべく声を掛ける。
突然のことに、少女がどことなく動揺しているのが空気で分かった。

「まあ、どこの家でも似たような場所にあるはずだよな。ちょっと俺見てくるわ」

携帯が照らしてくれている部分以外は真っ暗で、レッドの姿も表情もよく見えない。
だけど何となく心細い思いをしているような気がして、心配するなと努めて明るい声で伝えてから扉のドアノブに手を掛ける。

「ま、待って」

風の音に紛れて、レッドの声がした。
何も見えないけれど振り返って、その声の主を見ようとして。
きゅっと。
服の裾を掴まれたような感覚。

「僕も…行く」

先ほどまで少し離れた場所で聞こえていた声が、すぐ近くで聞こえてきた。
そして携帯の明りに僅かに照らされたレッドの輪郭が見えて。

「手伝ってくれるのか?」
「…懐中電灯の場所なら、分かるから」
「そっか」

さんきゅ、と小さくお礼を言いながらまた無意識に頭を撫でようと伸ばしてしまった手を、気付かれないように引っ込めて。
二人で小さな明りを頼りに、ゆっくりと部屋を出て行った。



結局ブレーカーを上げても、何の効果も得られなかった。
仕方がないので懐中電灯や蝋燭、食糧だけかき集めて。
こんな状態で勉強もへったくれもないので、二人で食事を取ることにした。
(ガスが生きていたのは幸いだった)
その間も会話は決して多いものではなかったけれど。
停電への恐怖からなのか、レッドも先ほどよりは口数も増えて。
何となく、今日会ったばかりの時よりは距離が縮んだような気が、した。

…上手く言えないけれど、完全に避けられているわけではないらしい。

だとしたら停電前のあの行動や言葉は何だったのだろうと思わなくもなかったけれど。
先ほどの空気のまま一夜を過ごすよりはずっと、良かった。

何となく和らいだ空気の中。
それに反して一向に回復する様子のない明り。
この暗さでは、もう寝るしかないかなんて結論付けて。

「じゃあ、俺リビング使わせてもらうな」

グリーンは寝床を確保することにした。
お布団用意してあるから好きな部屋使ってね、とおばさんに言われていたものの。
綺麗な客間を使うのは何となく忍びなかった。
緊急時に動きやすいように、という意味もあってリビングのソファに目をつけて。
お互いに歯は既に磨いているし、それじゃあお休みと挨拶して。
どことなくこちらを気にしているレッドが、彼女の自室に入っていくのを見送った。

そうして自分は、慣れない他所のリビングのソファに寝転がっている。

相変わらず雨風が、雨戸を遠慮なく叩いている音がする。
目を閉じると余計にその音が大きくなる気がして、なかなか寝付けない。
それでも一人になれた安心感、というか。
レッドと一緒にいたような緊張感がない分精神的にまだマシなような気がする。

(そもそも、何で緊張する必要があるんだか…)

相手はあのレッドだっていうのに。

気遣いも知らないまま、純粋に楽しく一緒に過ごしていたあの頃が懐かしい。
ついさっきまでの出来事が、暗闇と共に一気に襲い掛かってきた。
合わせて貰えない視線。
避けられた掌。
「そんなこと言わないで」という言葉の真意。
…そもそも、自分たちはどうしてこんなに離れてしまったのだろう。

(何でレッドは俺を拒絶するようになったん、だろう)

かたん、と小さな物音が入り口のほうから聞こえた。
それにふと目を開けると、そっちの方向から明りが入ってきたのが見えて。

「…レッドか?どうした」

体を起き上がらせてそちらを見ると、ドアの近くにレッドが明りを持って立っていた。
先ほどまでの暗い感情を横に置いて明るい口調で呼びかける。

「…眠れ、なくて」

また少し俯き加減に、外の雨風にかき消されてしまいそうなくらい小さな声でレッドがそう呟いた。
きっとグリーンと同様に、外の音が気になって仕方がないのだろう。
とても可愛らしい理由。
グリーンしかいないから仕方なくという理由であったとしても、頼ってくれたのは嬉しいことだ。
こっち来いよ、と傍に来るように提案する。
嫌がられるかと思ったけれど、意外と素直に従ってくれた。

「何かあったかいものでも飲むか?」

起き上がってきちんとソファに座り直したグリーンの横に、レッドが腰掛ける。
少し気分を落ち着かせるために何がいいかを考えて続けて提案してみたものの、今度は首を横に振られた。
そして。

「…い」
「え?」

ぼそり、ととてつもなく小さな声で開かれる口。
またしても聞き取れなくて聞き返してしまう。
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