企画用倉庫

□真相は嵐の中に
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そして。



「…ここで一緒に、寝てもいい?」



え、と。
口に出すことも出来ないまま固まってしまう。

一緒に寝る。
年頃の男女が、二人っきりで。
嵐の中、真っ暗な室内で。


…それは、ありなのか。


(いや、でも、俺とレッドだし)

何の反応も出来ないまま、懐中電灯のぼんやりとした明りに浮かび上がっているレッドの白い輪郭を見る。
その白い頬が先ほどまでと違ってほんのりと色づいているのは気のせいか。
いや、それよりも自分の体の熱が無意識に上がっているような気がするのは何故だ。

しかし頭は撫でられるのは嫌で、一緒に寝るのはいいという彼女の基準が分からない。
それほど雨風が怖いということなのかもしれないけれど。
それにしても、信頼されすぎではないのか。
いくら顔馴染みとはいえ、こちらが何もしない保障などどこにもないのだ、が。

(って、何もしねーよ!)

さきほどとは全く違う考えが脳裏を過ぎって、思わずそれを遮る。
どうにも今日は胸のうちの独り言が多い気がする。

「ま、まあ、俺は別にいいけどよ…」

グリーンが動揺を隠しながら一生懸命そう答えると、レッドはそのままもそもそと彼が使っていた毛布を手繰り寄せはじめた。
電灯の明かりのせいで、やけに伸びた影が大きく見える。

「えーっと、そ、そうだよな。こんな夜に一人はさすがに嫌だよな。じゃあ、俺は床で寝るから」

そんな中で思考が高速に働いてくれた結果、別に一緒の布団で寝るわけじゃないんだからという結論に至って。
座っていたソファからずり落ちるように、床へ座り直そうとした。
のに。

「……」

無言の圧力があった。

(一緒に寝るってやっぱり、そういうことなのかよ!?)

今のレッドに限ってそんな馬鹿なと思ったのにも関わらず、どうやらその考えは当たりのようで。
固まったままのグリーンの手にレッドが触れる。
いきなりの感触にどきりと心臓を跳ね上げさせていると、ぐいぐいと引っ張られる気配がして。


「…グリー、ン」


ここに来て。
縋るように。

本当の本当に、久しぶりに名前を呼ばれた。

「っ、あーもう分かったよ!ああ、一緒に寝るか!そうだよな昔はこうして一緒によく昼寝とかしてたもんな!」
「!」

それに何かが弾けた気分になって。
負けじと逆にぐいっと手を掴みなおして、こちらにレッドの体を引き寄せて。
毛布ごとレッドと一緒にソファの上に横になる体勢を作る。
二人だとさすがに少し窮屈な気もしたけれど、仕方がない。
レッドが床に落ちることのないよう背凭れのほうに押しやって。
ほとんど無意識に、昔昼寝をしていた時のように。
レッドの首の下とソファの間に自身の腕を差し入れて、枕のようにしてやる。
何となく行き場を失ったもう片方の手は、これまた無意識にレッドの腰へ。

そうして、少なくとも恋人同士でない男女がやるようなものではない体勢が出来上がった。

「これで寝れそうか?」
「…う、うう、うん…」

半ばヤケ気味に尋ねる。
「うん」なのか「ううん」なのかよく分からなかったけれど、とりあえず嫌がる素振りはないようで。
そのまま本当に寝るつもりらしく、レッドは目を閉じて呼吸を整えているようだった。

対するグリーンはというと。
心細さに震えたような、レッドが自分の名前を呼ぶ声であるとか。
思わず引き寄せた体の軽さや温かさ、柔らかさであるとか。
ふわりと香る普段使っているのであろうシャンプーのいい匂いであるとか。
ああ、レッドも本当に女なんだなぁなんて。
とにかく先ほどまで心のどこかで意識すまいと頑張っていた部分を、一気に気にすることになってしまい。

ばくばくばく、と。
恐ろしい勢いで早鐘を打つ心臓。
異様に熱い、己の体。
レッドに伝わっていなければいいけれど、と頭のどこかで考えて。

そうこうしているうちに、聞こえ始めたレッドの小さい寝息。


(寝たのか…)


とりあえず心音が煩くて眠れない、なんていう文句を言われずに済んだことにほっとする。
暗闇に慣れてきた視界がその輪郭を薄っすらと捉える。
息をする度に上下する体。
こちらに擦り寄ってくるように、ぴったりとくっついた体。
そして安心しきっている穏やかな寝顔。

それを見て、ほっと昔のように和むような気分と共に。

ぎゅっと込み上げてくる、言葉に出来ないような甘い感情が沸いて出てくる。

もちろん心音は、継続したままで。

(…なあ、俺)

グリーンはこの感情に、覚えがあった。
それは生まれた時から備わっている人間の本能なのか分からないけれど。
とにかく彼は、知っていた。
それは言葉にするなら、愛おしい。
守りたい。
触れたい。
つまり。
やっぱり。



(そういう、ことなのかよ…!)



頭を抱えたい気分になりながらもやけに納得してしまうのは。
もう随分と前から、自分でも知らないうちに心を決めていたからなのかもしれない。
自分がレッドとの思い出を鮮明に覚えているという理由も。
成長した美しい姿に見惚れてしまったのも。
レッドが離れていくと感じて言い知れぬ寂しさを覚えたのも。
二人きりの状況に、やけに緊張していたのも。


ただレッドを大事な妹分として思っているから、というだけでは。
説明がつかないのだ。


自覚した瞬間に、また心拍数が上がったような気がした。
待て、これ以上上がってどうする。
そう呼びかけるものの、もちろんそんなもので治まってくれるはずもなく。

(…っ、もういい、寝る!寝ろ!)

無理やりに目を閉じた。
閉じたら閉じたで別の感覚が研ぎ澄まされてしまって、レッドの寝息やら体温が余計近くに感じて緊張してしまう。
いい年した大学生の男が、女子高生相手に。
しかも避けられているのかそうでないのかよく分からない人物に。

これからが大変だな、なんて頭のどこかで考えながら。
意識を落とそうと必死になっているグリーン。
そんな彼の腕の中で。



(全然眠れ、ない…)



同じように心臓をどきどき高鳴らせながら、同じような悩みに頭を抱えている少女がいたことなど。
その時のグリーンには知る由もなかったのである。







真相は嵐の中に







fin.

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