文其一。

□青い房
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今にして思えば。
この完璧な容姿も、家族構成も。
そんな環境から構築されてしまったあの粋がった性格も。
全てあいつのためにあったという訳だ。

はじめは自分こそが主人公と思っていた。
俺が主役、あいつは俺の引き立て役。
ぴったりな構図じゃないか。
俺は社交的で目立ちたがり、あいつは無口で人前に立つのは好きじゃない。
自己顕示欲の強い子供だったんだ、そう思っても仕方ないだろう?
だが現実はそうではなかった。
まるでその為に君の環境を整えておいたのだよ、とどこかのオッサンが偉そうに言っているんじゃないかというくらい。

挑んでは、敗北。
余裕そうな態度と表情とは裏腹に、負けたくなくて必死な俺。
レベル上げ、ジム制覇、四天王攻略。
それらの全てをあいつより先にやってやったというのに。
優位に立っていたつもりだったのに、実際は「ポケモン」に関しては何一つ勝っていたものがなかったという事実。
バトルの実力も。
仲間たちへの愛情の注ぎ方も。


主人公はあいつ。
脇役は、俺。


ああ、なんという引き立て役。
かっこ悪い俺。
あいつに劣っていることなんて何一つとしてないと見下していた、幼い自分。

王者のみが立ち入りを許される部屋の中。
心の底から愛おしそうに自分の仲間たちを抱き締めるあいつの横顔を眺めながら、拳を握り締めた俺。

あの頃の自分はこの事実を決して認めなかっただろう。
今の自分ですら未だに納得できていない部分があるくらいなのだから。
(まぁあの当時の粋がった性格や言動は、確実に俺の中で黒歴史化している訳だが)





そんなこんなで今に至る。

今日は寒すぎる、と俺が首に巻いていたマフラーを強奪して自分に巻き付ける元王者。
その横で黙々と火を焚いて、寒がりな幼馴染のために温かい飲み物の準備をする俺。
気が付けば献身的に世話を焼いている自分自身。
それを当然のように享受するそいつ。
これはもう、元々はじめから王者とその引き立て役が決められていたと言っているようなものではないだろうか。
まあ、結局のところはそんな肩書きより何より、「幼馴染」という関係と双方の性格上こういう構図で落ち着いてしまったというだけなのだけど。

雪の降る山にある洞窟内。
己を超える挑戦者を待ち続ける幼馴染。
よくよく考えると、こんな突拍子のないことをするあたりに確かに天才肌というか、そんな片鱗を伺わせるものがあった訳で。
そしてこいつのポケモンへの情熱はそれはもう俺には到達できない域まで達しているから。
それじゃあ勝てなくても当然だったのかもな、と今なら思える。

心地よい沈黙。
そんなまどろみの中にいるような空間で、隣に座るそいつの横顔を盗み見る。
相棒のピカチュウと戯れいているその姿は年相応というよりは、少し幼く見えるけれど。
これがバトルとなるととんでもないことになる。

棘、どころではないな。
まるで刃物だ。

共に頂点を目指して競い合っていた自分は恐怖こそ感じないが、他のトレーナーからすれば走って逃げ出したくなるくらいだろう。
いつもぎりぎりまでは追い詰めるんだけどなぁ、と遠い昔から今までの記憶を呼び起こす。
こいつとの戦いの歴史。
数字にしてしまうと何とも虚しいことになるので、思い起こすことだけで留めておく。
ともあれ負けることは悔しかったが、こいつとの戦いに他の誰と戦うよりも強い高揚感を覚えていたのは紛れもない事実。
自分が生涯ライバルとして名前を挙げるのは、こいつしかいないだろう。
唯一無二の存在。
…隣の人間が自分と同じように思ってくれているのかどうかは、疑問だが。

「グリーン」

その透き通った声で名前を呼ばれ、我に返る。
ぐるぐるとかき混ぜまくっていたポタージュ。
物欲しそうにそれを見つめている、我らが主人公。
悪い悪い、と努めて軽い調子で謝ってそのマグを渡す。
嬉しそうに受け取ると、それに倣うようにそいつのピカチュウもまた嬉しそうに主人の膝上に乗りそれをねだる。

…あの時に勝てなかったことを後悔していないと言えば嘘になるが。
こういう立場になったことに不満はない、と思う。
それはやっぱり自分の世話焼きな性格なんだろうなぁと半分諦めにも似たものだけど。
あれのお陰で目が覚めたというか、成長できた部分もあったし。
こうして今もこいつと一緒にいられる関係にあるのだから。

だから逆に、今となっては感謝しているのだ。
主役じゃなくたっていいじゃないか。


こいつのバトルをする時の棘を持ったような、それでいてどこか楽しそうな表情を。

ポケモンと接している時の、優しい笑顔を間近で見ることが出来るのだから。


ポタージュを分け与えられたピカチュウが、美味しいとばかりに可愛らしい声で鳴く。
それに対して心底嬉しそうな、優しい笑顔を向ける俺の幼馴染。
男だなんて、言われずともそんなのは遠い昔から知っている。
だけど、止まらない。
たまらない。

「〜〜〜〜っ、」

その自分には殆ど向けられる事のない眩し過ぎる笑顔に、打ちのめさる。
思わず見ていられなくなって目を背ける。
正面から受けることになった日には自分はどんな反応をしてしまうのか気が気でない。
(いや、そんな日が来る可能性は極めて低いのだけれど)
どうしたの、と問い掛けてくる声に何でもないと挙動不審な声で答えた。
怪しまれなければいいが。

…結局は、同性の幼馴染に対してあるまじき感情…つまり恋情、を抱いてしまった自分の負け。
容姿端麗。
有名な博士の孫。
お隣さんで幼馴染。

仮にそんな設定を自分に与えてくれた「神」がいるのだとしたら、俺はそいつに感謝しようと思う。

「…レッド」

声を呼べば、その黒い瞳はこちらを向く。
動いた瞬間僅かに赤く光るその瞳は、捻くれていた昔の自分も認めていたほど気に入っているものだ。

こいつをここまで引き立ててきたのは、俺。
こいつを極限まで引き立てられるのは、俺だけ。


「バトルしようぜ」


だから、今日も。
引き立ててやろうじゃないか。
今までも、これからも。
仮にこの先、こいつを超えるような奴が現れたとしても。



こいつの引き立て役は、誰にも譲らない。
(ここは俺の、席だかんな)







青い房







2011.2.24
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