文其一。

□もし例の二人が、晩酌がてらこんな関係になっていたら
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からん、と心地のいい音を立ててグラスの中の氷が揺れる。
とろとろとしたまどろみの中にいるような気分だ。
体がこれくらいにしておきなさいよと訴えているのは分かっているけれど、ついつい口元にグラスを運ぼうとして。

「飲みすぎんなよ」

ひょいと取り上げられた。
思わず不満な顔のまま隣を睨みつければ、見せ付けるようにこちらから取り上げたグラスの中身を飲み干す姿。
口からグラスが外されると、そこでは顔をほんのり赤くしたグリーンが意地悪く笑っていて。
この酔っ払い、と小さく唸ると「お互い様だろ」なんて軽く返された。
確かに、こうしてつまみと一緒にちびちびと飲み続けているレッドも大概酔っていたので何も言い返せないまま。
ふわふわとした心地、くらくらする視界。
そんなものを自覚しながら、目線をふいとすぐ隣に座っている幼馴染から外して俯いた。

お互いに酒を酌み交わせられる年齢になってから、早数年。
いい加減下りて来いよというしつこい…もとい熱心な彼の説得もあって、あの住み慣れた雪山から故郷へと拠点を戻したレッドは。
やはりこうして今もなお、ジムリーダーを続けている幼馴染でライバルだった彼の住処に入り浸ることが多い。
と言っても特に何をする訳でもなく、昔と同じようにくだらないことやポケモンの話をすることが殆どで。
相変わらず恋人の一人や二人も作らない二人は、こうして今日もグリーンの家でささやかな飲み会を開いていたところだ。

「あー、回ってきた」
「…一気に飲むから」

先ほどから結構なペースで酒を煽っているグリーンは、何とも愉快そうに笑いながらレッドに凭れかかってくる。
しなだれかかると言うほどの色っぽい所作ではなく、ただバスが急カーブを曲がった際に遠心力で思わず寄りかかってしまったというようなその動作。
レッドは幼馴染のそんな様子に大した抵抗を見せるでもなく、ただされるがままで。
ただぐでんと力の抜けたグリーンの体重に重いなぁと小さく零しながら、もぐもぐと彼お手製のだし巻き卵を口に運んでいる。
何だか心臓の音が早くなったような気がする。

(これは、お酒のせいなのかな)

そうだと言いたいところだけれど。
きっとそれだけじゃないということをレッドは知っている。
この胸の高鳴りはグリーンがくっついてきたせいだということを、知っている。

グリーンといる空間は、心地いい。
随分と昔からそんなことは知っているし、認めている。
そして彼といると妙にどきどきして、嫌に悲しくなることがあるということも。
甘くて切ない。
そんな言葉が導き出す答えとは、何だろう。
それを考え続けてもう何年という月日が経過してしまったことか。
答えはまだ、出そうで出ない。
何となくもうすぐ分かりそうな予感があるのだけれど、喉元で引っかかったまま依然としてレッドの胸を焦がすのみ。

遠い昔、まだ雪山に住んでいた頃。
張本人にそんな話を打ち明けたのを思い出す。
偶然にも同じ症状に見舞われていると打ち明け返されたレッドは、とてもとても驚いた。
お互い事あるごとに、今日はこんな症状があったなんて会話をするようになったのもその日が始まりだ。

あれから体は大きくなったし、精神面でもそれぞれ大きく成長した。
世間一般から見ても身内から見ても「大人」になったはずの二人は、まだその答えを見つけられないまま。
こうして無自覚の甘い時間を過ごす。
恋人はいない。
結婚なんて、もちろんない。
自分はともかくイケメンで地位もそこそこある幼馴染が何故まだ独身なのか、レッドは不思議で仕方がない。
(でもグリーンが結婚するということを考えると、とてつもなく胸が痛くなるのだ)

またそんなことを考えて、無意識にはあと漏れる小さなため息。
大層悩ましげなその吐息。
それはそのまま空気に溶けて消えていった。
けれど吐き出すことによって、少し思考の海から帰ってきたレッドは。
漸く自身に向けられていた視線に、気が付いた。

「……グリーン?」
「…」

至近距離で、目線がかち合う。
いつの間にか笑みを消したグリーンが、大層真面目な表情でこちらを見つめていた。
話しかけても一向に動きを見せない幼馴染に、思わずこてんと小さく首を傾げる。
じっとこんなにも近い距離で見つめられてはくすぐったいではないか。
また、心臓がうるさくなるではないか。
それでも目線を逸らさずに真っ直ぐに相手を見つめ返すレッドの様子はどこか幼子を連想させるものがあるけれど、もちろん本人にその自覚はない。

そのまま沈黙が、下りてくる。

「…なあ、レッド」

漸く口を開いたグリーンも、相変わらずレッドを見つめたまま。
レッドはそれにも表面上は動じずにうんと小さく呟いて続きを促す。
もちろん心臓のどきどきは継続したまま。
ああ、本当にこれは何なのだろう。
それにしても、今日のお互いの顔の距離は一段と近い気がするのだけれど。

「一回、試してみたいんだけど。いいか?」
「うん…?」

何を、と言うことはなく。
レッドが何を、と問い掛ける間もなく。
グリーンがゆっくりと顔を動かした。

より一層縮まっていく二人の距離。

それに対して、もどかしいと言わんばかりに。
レッドも無意識に動いてしまう。
グリーンのほうへ、唇を寄せてしまう。

結果としてどちらともなく、というくらいのタイミングで唇を軽く触れ合わせた二人。

グリーンのそれは薄くて硬めで、いつか想像したような女の子の柔らかそうな感触とは全く違うのだけれど。
長年待ち望んでいたような気がするその感触に、小さくレッドの体が震える。
胸のなかがほわりと、温かくなる。

「…ん」

軽く触れ合わせただけのそれは、あっという間に離れて。
それが何だか惜しくて。
もっともっと触れていたくて。
どうやらグリーンも同じ気持ちだったらしく、そのまままた同じタイミングで唇を合わせて。
ちゅ、ちゅと。
何度も軽い口付けを繰り返していた大人な彼らは、そんな刺激だけでは足りなくなってしまったようで。
徐々に口と口をくっつける時間が長くなり、そのうち触れ合わせるのではなく、押し付けあうような強さになり。
やがてぺろんと、グリーンの舌先がレッドの唇を舐めるようになって。

「ふ、ぅん…っ」

そのまま僅かな隙間を狙って、レッドの咥内へと侵入していった。
ぐるりと反転するレッドの視界。
カーペットが敷かれていてもやはり硬いその床に押し倒されたと気付いたのは、少ししてから。
とろ、とろと蕩ける思考。
甘く熱く、熱を持っていくからだ。
これは一体なんだろう。
今日はいつも通り、グリーンと晩酌をしていたはずなのに。
頭の隅でそんなことを考えながら。
まあ、そんなことはどうでもいいやと思ってしまうくらいにはレッドも酔っているらしい。
それは酒に、とも言えるし。


「……、レッド」


この長年一緒にいた幼馴染に対しても、言えることだった。

「あ、っ」
「っ、…やっぱそうだな…あー、もう。悪いレッド。答え、出たわ」

だから、ごめんな。
いただきます。

どこか余裕のない声と表情。
今まで見たこともないような幼馴染の男らしい様子にレッドの体がぞくりと粟立つ。
そうしてそのまま、がばりと覆い被さってきたグリーン。
そんな彼を、どこか期待の篭った瞳で見つめるレッド。

本当は、答えなんてとっくの昔から分かってたのに。
不正解を恐れて手を挙げられなかった子供のような二人。
しかしそれも、今日で終わる。
だって二人はもう、ずるい大人だから。
アルコールというアイテムの使用を許された、大人たちだから。



そうしてお互い、暗黙の了解のみでコトを済ませてしまった二人は。
熱い熱い夜を越えた次の朝に、きっと長年悩み続けてきた宿題の答え合わせをするのだろう。







もし例の二人が、晩酌がてらこんな関係になっていたら







fin.


ネタ提供→A様
無許可使用ですみません…問題あったら消しますあばばば!

2011.7.2

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