文其二-二。

□[LF]こんにちは、青春
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ファイアと喧嘩した。
とても些細な言い争いから始まって、お互いに感情を止められなくなりどんどん泥沼化して。
近くに無造作に置かれていた本を掴んでこちらにぶつけると、ファイアは部屋を飛び出していった。
そのまま胸のうちに残ったのは罪悪感。

しかもその上すぐさまかかってきた電話に出てみると兄からの頼みごと。

内容はシロガネ山にいる彼の想い人へ届け物をしてほしいとのことで。
外に出るのも億劫な状態だったので正直断りたいと思ったのだが…兄の頼みごとなので断るわけにもいかず。
それにふと思い立った。

兄の想い人とは、年は離れているものの自分の幼馴染でもあり、もう一人の兄のような存在でもある。
そして自分の想い人の兄でもある訳で。


相談して、みよう。


寡黙ではあるが人の話をちゃんと聞いてくれる人だ。
ファイアが何を考えているか、少しは答えてくれるかもしれない。

そういった訳で、本日のリーフさんの予定は急遽シロガネ山登山へと変更されたのである。





シロガネ山は予想以上に寒くてびっくりした。
何度か訪れたことはあったが、やはり慣れるわけもなく。
ここを定期的に物資を担いで訪れている兄には頭が下がる。
これも愛のなせる業か。その愛が相手に届いているかはともかく。

(いや、まぁ届いてるんだろうなとは思うけど)

あの二人は結局何だかんだで相思相愛なのだ。傍から見ていれば分かる。
…ただお互いにとてつもなく不器用なだけで。
何だかんだときちんと想われている兄を少し羨ましいなと思いつつ、自分の不毛さを少しだけ嘆いた。

「おーい、レッドにーちゃん。いるかー?」
「ここだよ、リーフ」

洞穴の前に立って待ってくれていたピカチュウに着いていって声を掛けると、遠くから声が聞こえた。
それに従って中まで入り込んでいくと焚き火の灯でぼんやりと明るくなった空間に出て。
そこで待っていた目的の人物へ挨拶をした。

「久しぶり。わざわざ有難う」

グリーンではなくリーフが来る、という話は前もって連絡が届いていたのだろう。
無表情に見えるそこには僅かな微笑が浮かんでいた。

「いや、俺はいいけど…こっちこそごめんな。兄貴が無責任な約束するから」

兄もこの輸送という名の逢瀬を毎回何よりも楽しみにしているので、今回の件は本当に遺憾だっただろう。
実際電話越しの声も落ち込んでいるやら怒っているやら、行き場のない憤りを内側に巡らせていたのが嫌でも分かった。
かと言って先送りにするのはレッドの出不精な性質上よろしくないとのことで。
(食糧がなくても気にせず空腹のまま過ごすのだそうだ。それは確かに心配になる)
そこで白羽の矢が立ったのが弟のリーフだったということだ。

「にーちゃんも兄貴が来た方が嬉しかったのにな?」
「…………そんな訳ないでしょ。リーフが来てくれるほうが嬉しいに決まってる」

リーフがからかい半分にそういうと、珍しいことに彼は頬を赤く染めながらそっぽを向いた。
ああ、可愛いなぁなんて小動物を見ているような感覚にとらわれる。
もちろんやましい目で見てとかそういうわけではない。自分はファイア一筋だ。
ジャンルが違う可愛さなんだよなぁ、とかなり煩悩にまみれたことを考えながら荷物をレッドの近くに置く。
それに対してレッドはもう一度礼を言うと。

「何か、飲んでく?」

きっと兄には決してしないであろうおもてなしの態勢。
やはり弟分だからこそか、と少しだけ得意げな気持ちになった。
もちろん最初から話をするつもりだったのでそれに頷きながら自分も焚き火の近くに腰を下ろした。





「―――でさ、結局喧嘩になっちまったんだ」
「そう」

簡単に今日起こった出来事を説明する。
何気ない日常会話から始まった二人の話題は、上手いこと相談内容にもっていくことが出来た。
(もともとリーフの一人語り状態になるのは読めていたので、当然の展開ではあるのだが)

「リーフはまだ怒ってるの?」
「いや、全然。確かに俺がガキっぽいこと言い始めたのがきっかけだったし…」
「でも追いかけなかったんだね」

珍しい。
心持優しく微笑みながら彼はそう呟く。
その微笑は子供を見守る母親に近いものがあった。
数年会っていなかった彼にすら珍しいといわれるほど、自分の行動パターンはそんなに昔から一緒だったかと少しだけ恥ずかしくなる。

「…何と言うか今更だけど、俺ってやっぱりファイアに嫌われてんのかなーと思ったら追いかけづらくて」

そして本当に今日一番吐き出したかった言葉を口にした。
すると相手は(自分が弱音を吐いたことにか、その内容に対してかは分からないが)意外そうにその瞳を僅かに見開いて。

「…そうなの?」
「ん。いや、何となくだけどさ」

それでもファイアに想いを伝えることはやめられなかった。
そしてその度に彼がどのような反応を返していいのか分からなくて困っているのも分かっていた。

「やっぱり逆効果だったかなー」

毎回しつこいほど、己を想いをぶつけ続けるのは。
湧き上がる衝動を止められないからこそ今までずっと続けてきてしまった。
…そこに少し、本気で嫌がられていないということはファイアも満更ではないのかも、と淡い期待をしていた部分もある。
でもこうして喧嘩になる度に。
あいつの怒った顔を見る度に。

「やっぱ男のダチからあんな風に好き好き言われるのは嫌だよな〜…」

自分のやっていることは間違っているのではないかと。

男同士で、本来ならば決して受け入れられることのない好意。
実際には兄のように、その感情を押し殺して「いい親友」としてあり続けるのがベターな対応のはずだ。
相手が男色家ではなく健全な男子ならなおさらのこと。
ファイアはこんな幼馴染をどう思っているのだろうか。
ファイアに嫌われるなんて心が耐えられない。
やはり兄のようにあるべきだったのか。
いやそれでも。

ぐるぐると堂々巡りする思考。
それを打ち破ったのは、隣の静かな声だった。


「…それは、ないと思う」


え、と知らぬ間に俯いていた顔を上げて隣を見る。
そこにはいつもの無表情な兄貴分がいた。
ただその無表情にはどこかいつもとは違う何かがあって、予想外に声を掛けられたことへの驚きを含めて閉口する。

「もしリーフを本当に嫌ってるなら、ファイアはずっと一緒になんていない」

あいつはそんなに辛抱強くないからね、とレッドはやんわりと微笑みながらそう続けた。
それはよくよく考えると分かること。
だけれども誰かから言って貰わなければ、納得の出来ないこと。

「リーフはそれでいいんだよ。あんなに真っ直ぐに気持ちを伝えられるのは、すごいと思う」

少しファイアが羨ましいね、なんて少し伏し目がちの呟き。
それを打ち消すように再び目線をこちらへ戻して、もう一度彼は口を開いた。



「だから、諦めないで。きっと想いは伝わるから」



伝わっているからとは言われなかった。
だが今の落ち込んだ自分の心には十分で。

「……っ、俺、ファイア探しに行ってくる!」


ありがとう、またなと慌てがちにその暖かい空間を後にした。
行ってらっしゃいと遠くから、また優しい声が聞こえたような気がした。





ほの暗い場所に残ったのはレッドただ一人。
また音のない静かな空間に、彼は誰にも分からない程度に息を吐くと。

「……これでいい?」

誰もいないはずの己の背後へと呼びかけた。

ごそ、と僅かな物音の気配。
それが誰かなど、レッドはとうの昔に知っている。

「探してるんだし。すれ違う前に早く会いに行ったほうがいいんじゃない」
「……」

何故ならその物音の主のほうがここを先に訪れていたのだから。

暫しの沈黙の後、ようやく暗闇から姿を現わした人物。
そちらへ向けてレッドは今度こそ笑みを深くして。

「愛されてるね」
「………別に、嬉しくないし」
「素直になりなよ」
「………」

完全に沈黙してしまったかと思った途端、ごにょ、と何か小さな呟きを洩らして。
ほとんど会話もないままに、彼はリーフより少し遅れてこの場所を後にした。
今度こそレッド一人の空間。
だが彼には先ほどの小さな呟きが、残響として聞こえているような気がした。



―――あいつの思い通りになるのは、何か嫌だ。



「可愛いなぁ」

レッドはそう呟きながら、届けられた荷物の中に入っていた懐かしい匂いのするパーカーを小さく抱き締めた。



もしもしグリーン、お元気ですか。
僕らの弟は今日も青春まっしぐらです。





こんにちは、青春





fin.
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