企画用倉庫

□新妻さま、ご奉仕三昧
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一日の疲れを癒してくれる万能スペース、お風呂。
湯船に浸かりのんびりと一日を振り返るのはもちろん。
音楽を楽しむ人、最近ではテレビや食事をする人など様々な方法で癒しの空間として使われる。
人間にとって最高の癒しの空間、お風呂。
ごくごく一般的なサラリーマンであるグリーンも、今日まではそう思っていた。



ぱしゃん、と弾ける水の音。
丁度いい温度のそれに、今日一日の疲れが全てほぐされていくようだ。
はぁと満足げな息を漏らすと、意外と大きく浴場に響き渡って。
平和だよな、なんて柄にもなく考えた。

そんな折に、脱衣所のほうで人の気配。

かたかたと物音を立てている主は、間違いなく同居中の少女(同棲中の恋人と言っても差し支えない)のはずで。
ああ、レッドが洗濯してくれたタオルでも持ってきてくれたのか。
なんてまるで眠りに落ちる前のまどろみのようなぼんやりした思考のまま、暢気に考えていると。
がちゃっと。
ごくごく自然に、扉が開いた。
それに焦らないわけがない。

「っ!?な、な……ん」

思わず浴槽の淵に預けていた背中を起き上がらせて扉を見る。
何か伝えたいことがあったのなら、扉越しに言ってくれたらいいものを…とまで考えたくらいで。
もわもわと白い湯気が充満している中で扉を開けたことによって、その辺りからどんどん視界がはっきりしていったので。


その白い姿をしっかりと目撃してしまい、今度こそ完全に動きを停止してしまう。


真っ先に視界に飛び込んできたのはバスタオル。
ああ、バスタオルだ。
きっと今日洗って干して取り込んだばかりの、陽だまりのいい匂いがするであろうそれは。
浴室に侵入してきたレッドの体に綺麗に巻きついている。
羨ましいとかそういう問題ではない。
バスタオル一枚なのだ。


レッドが、バスタオル一枚を体に巻いただけのそんな無防備な姿で、グリーンを見ているのだ。



「…グリーン」

あんまり、こっち見ないで。

少し恥ずかしそうにレッドが目を伏せたところでやっと、はっと我に返って。
うおわああなんて間抜けな声を出しながら自分の両手で目を隠すように覆う。
覆うのだが、お約束通り指の隙間が空いているせいで結局少し見えている。
本当に他意がなかったあたり、よほど混乱しているのだろう。

「れ、れれれレッド!何して…っていうか何だよその格好!」
「…背中、流しに来た」
「は、え、背中」
「奥さんって、こういうことするんでしょ」

こてんと確認するように首を傾げる姿が可愛らしい。
いや、そうじゃなくて。

「な、なんで急にそんなこと…!」
「…ナナミさんが、教えてくれた」

この場合はいい仕事をしてくれた、と感謝し褒め称えるべきなのか。
余計なことを吹き込んで、と恨み言を言うべきなのか分からない。

(姉ちゃん…!)

心の中で、魂を込めて全く届かないであろう人物に向かって叫ぶ。
何も言わずにふるふると震えているだけの自分。
それにレッドがじれたのか。

「…嫌だった?」
「い、嫌じゃないし…寧ろ嬉しいんだけど…」

少し悲しそうに眉を寄せながらそう尋ねられて、即座に否定する。
だけれども次に続く言葉が浮かんで来ない。

彼女が普段着ているどの服よりも短い丈。
そのせいでやっぱり、いつかのように白くて柔らかそうな太ももからつま先までしっかりと見えて。
見まいとしているのに見てしまう、そんな魅力的な姿が、グリーンの神経を焼いていく。
相変わらずこういうパターンに弱い。
そういう自覚はある。
嬉しいという言葉に反応して、レッドの表情が僅かに輝く。
表情の変化に乏しい彼女のことなので、これはきっとかなり喜んでいると見ていいだろう。
この献身的な姿勢がまた可愛らしいのだ。

「じゃあ、やる」

やらせて、と。
体を洗う用のタオルを掴みながら息巻いているレッドを、今更追い出せる方法はない。
大体少女はこうと決めたら頑としてそれを貫こうとするタイプだ。
…これくらいなら、妥協してもいいだろうか。
背中を流してくれている間はグリーンの視界にレッドが入ることもないし。
所謂夜のお誘いのように理性がぐらつくことも少ない…だろう。
(とはいえ、夜の件に関してももっぱら押され気味で色々とそろそろ危ういのだが)

ごくり、と小さく息を呑む。

「…わ、分かった」

結局はこんな小さな欲求に負けてしまうくらい、自分も大概堪え性がないのである。





レッドが体にタオルを巻きつけているように。
こちらとしても、大事な部分を隠すものが欲しいわけで。
タオルを脱衣所から持ってきてもらい、腰周りに巻きつけて浴槽から抜け出す。
大分長いこと湯船に浸かっていたような気がする。

今思うとグリーンがレッドに肌を晒すのは初めてだ。
初めてであろうその身体を直視したレッドが目を見開いて、僅かに頬を染めながら慌てて目線を下に向けるのが見えた。

…我慢、我慢。

心の中でそう言い聞かせ、何も気にしていないという風を装って洗い場の椅子に腰掛ける。
自分がバスタオル一枚になる覚悟はあっても、グリーンのバスタオル一枚の姿を見ることは想定すらしていなかったことくらい想像できる。
そこがまたレッドらしい。

「じゃあ、よろしく頼むな」

至っていつも通りに、努めて明るい口調で促す。
それに我を取り戻したらしいレッドが「分かった」と小さく呟いて、気合を入れなおしているのが気配で分かった。
ポンプを押してボディソープを出す音と、それがわしゃわしゃと泡立てられる音。
暫くして柔らかい感触が背中に。
遠慮がちに優しく、背中を擦られる。

(…こんな風に人にしてもらうのなんて、何年ぶりだろうな)

その優しい感触に思わず目を細めながら、遠い昔の記憶を辿る。
こんな風に背中を流して貰うのは、小さい頃に親か姉と入って以来か。
今こうして、大事な愛しい恋人とその思い出を再現している事実。
いや、再現なんてもの以上に感慨深いものがある。
幸せってこういうことを言うんだろうな、なんて。
見られていないことをいいことに、自然とにやけていく頬を抑えることもしないでいた。

「力、このくらいでいい?」
「ああ、いいぜ。何だったらもう少し強くしてもいいくらいだぞ」
「……分かった」

微妙な間があった。
それを不思議に思って、何か変なことを言ってしまっただろうかと首を傾げる。
と。

ぬるり。

背中に、今までとはまた違った類の柔らかい感触。
柔らかいけど張りのある、その素材にグリーンは何となく覚えがあった。

「へ、」

ぬるぬるぬる。
丹念に、塗りこむように。
まるでサンオイルを塗られるようなその感覚は。

「……レッドさん」
「…なに?」
「…手、使ってるのか?」

うん、ととても小さな返事。
尚も背中を擦る動きは止まらない。
背中を伝うレッドの手の感触を自覚して、ざわりと全身が粟立つ。

「な、なんでいきなり手に…」
「…強くしていいって、言ってくれたけど。タオルだと加減が分からないから」

手だったらどれだけ強くしても、擦れて痛いことはないし。

レッドの言っていることは、何となく分かる。
爪で引っかかれでもしない限り、その泡に塗れた掌ではどれだけ力を込めてもグリーンの背中は傷つけられないだろう。

「いや、でもさ」

しかし、これはいけない。
色んな意味で大変よろしくない。
内心冷や汗をだらだらと流しながら、何とか元のタオルに戻せないかと策を巡らせる。
寧ろ「もう十分洗ってもらったから、ここまででいい」と言えば済むだけの話だったのだが、その思考にすら行き着かないほど混乱していた。
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