企画用倉庫

□その距離は何センチ?
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好きだと言われて、好きだと言った。
ふわふわと宙に浮かんでいるような世界。
今でもあれは、夢なんじゃないかって思う。





夏休み。
みんみんと蝉がせわしなく鳴く季節。
本来ならば長期休暇を満喫しているはずの生徒たちだが、一部に限って、今日は違う。

ぴぴーという軽快な笛の音と共に、ざぶんと大勢が水に飛び込む音。
太陽の直接光線と、プールサイドの照り返しのせいでちりちりと肌が焼けていく。
目の前の大きな水溜りの中は、さぞかし気持ちいいに違いない。
早く出番回ってこないかな。
体育座りのまま、レッドは膝を抱える力を強くした。

本当やる気でないよね。
夏休みにこんなことするなっての。
あーあ、ついてない。

隣や前でひそひそと聞こえてくる女子生徒の声に、レッドは全くだとこの時ばかりは心の底から同意した。
彼女たちが今行っているのは、いわゆる水泳の記録測定。
水泳の授業の最終日に行われたはずのそれは、もちろん休暇前に済んでいて当然で。
ここに集まっているのは、諸事情で当日の測定に出席できなかった生徒たちだ。
レッドも体調不良で当日見学せざるを得なかった人物の一人。
つまりはまあ所謂オンナノコの日だったということだが、特に語る必要もないだろう。

ふ、と小さくため息を漏らす。
やっと次がレッドたちの組の番だ。
開始前のシャワーと、アップとして何回か泳いだために濡れていた肌や髪の毛も大分乾いてきてしまった。
暑いし、早く入りたい。
そんなことをぼんやり考えていると、ふと後ろの女子の会話が聞こえてきた。

「…うわ、見てよ男子たち」
「わっ、こっち見てる!きもーい」

ん?と何気なく目線を2コース挟んだ反対側にある、右側のプールサイドへ向ける。

普段の水泳授業は日ごとに男女別でしっかりと分けられているのだが。
あくまでも補講の意味合いを持つこの追加測定日では、男女関係なく同じ時間に泳ぐことになっている。
…多分教師がいちいち少人数を分けて行うのが面倒くさいからであろう。
だからこそ今日に限っては、普段見ない男子たちの恥ずかしい海パン一丁姿をお目にかかることが出来る。
そしてそれは逆も然り。
つまり男子たちは、滅多にお目にかかれない女子たちのスク水姿を拝むことが出来るのだ。

何人かの男子と目が合った。

慌てて目線を逸らす人物、気付いていないのか尚もぼんやりと眺めている人物もちらほら。

「…?」

レッドは不思議だと言わんばかりに、小さく首を傾げた。
何でこっちを見ていたのだろう。
相変わらず妙なところで鈍いレッドは、何で目が合ったのか、男子たちのその目がどれほど熱い眼差しだったかなんて気付きもしない。
ぽかんと、どうして当日出席せずに補習を受けているのかよく分からない男子たちの姿を眺める。
と。


そこで見まいとしていたはずのその鋭い目線と、目が合ってしまった。


「!」

がばっと慌てて正面へ顔を向きなおす。
自分が水着姿なのが今更恥ずかしくなってきて、膝を抱える力をもっと強くした。

「あ、でも会長もこっち見てるよ!」

ひそひそ。
女子たちの声が一気に黄色いものに変わっていく。
恥ずかしい、とかダイエットもっと頑張っておけばよかった、とか。
会長の生肌が見られただけでもラッキーかもね、なんてミーハーな子が興奮気味に囁いていた。
慣れてはいるけれど、ちょっと複雑な気分。

会長。
レッドの幼馴染で…つい最近恋人同士になったばかりの、グリーン。
他の男子と同じくどうして彼も当日の測定を休んだのかは定かではないけれど、現にこうして水着姿でレッドの平行線上に座っている。
そしてレッドがぼんやりと男子の列を眺めていたところで、目が合ってしまった。
…何故こちらを見ていたのだろうか。
体育教師の笛の音が響く。
気が付けば自分の番が回ってきていて、慌てて立ち上がる。

(やっぱりグリーンもそういうの、好きなのかな)

既にご存知の通り、グリーンはモテる。
つい最近、それこそレッドと恋人同士になる前までの女癖の悪さは折り紙つき。
だからこそレッド自身は、彼が今更女子の水着姿を見て鼻の下を伸ばしただけで満足するような人物ではないと思っていたのだが。
やはりそこは男としての性なのだろうか。

位置について、の声と共にぐっと構えを取る。
前の人が泳いでいった名残か水面はゆらゆらと揺れていて、それに太陽の光が反射しているものだから眩しくて。

ふと一瞬だけかち合った、あの茶色い目を思い出す。

言うならば、熱心に。
どことなく熱の篭っていた目線。
その視線も、好みの人を探すためのものだったのだろうか。
無意識に付き合う前の感覚でそう考えて、少し胸が苦しくなった。

笛の音が鳴る。
それ以上は何も考えないように、レッドは水の中へ飛び込んでいった。





当然ながら、二人の関係が変化したことはまだ誰にも明かしていない。
生徒会長様のファンはたくさんいるのだし、自ら好んで火の粉をまく必要はない。
だからレッドは黙っていて当然だと思っている。
だけれども俺さま街道まっしぐらな幼馴染はそうは思っていないようで。

事あるごとに「公言したい」と呟いては、レッドを恐怖の底に陥れようとするのだ。

そう言ってくれるのは、自分との関係を認めてくれていると感じられて嬉しいけれど。
女子の嫉妬というものは存外恐ろしい。
いずれバレて、彼のファンからどんなものが飛んで来るのか予想もつかない。
なので「どうして」と問い掛けると、グリーンはそれはそれは不満そうな顔になって。

『…そうすれば、俺の心労も少しは減るかもしれないだろ』

なんて言いながら、レッドの頬を抓ってきた。
意味が分からなくて首を傾げていると、もういいとため息をつかれて。
続いて「それにそうしないと表立っていちゃいちゃ出来ないだろうが」と、とても問題な発言をされた。
その他にも、まだまだ問題は尽きない。

(いちゃいちゃって言われても…)

何をどうすればいちゃいちゃになるのか分からない。
付き合っている実感が湧かない理由の一つ。
思いが通じ合ったあの時に一度キスをしたくらいで(それも一方的だったが)、それ以降の二人には何の進展もないのだ。
そこまで来たところで、「結局付き合うってどういうことなんだろう」という今更ながらの疑問にぶち当たる。

着替えを終えて、更衣室を出て行く。
水がまだ髪の毛からぽたぽたと垂れていていたが、気にするほどのものでもないと校内を歩く。
ぱきんと音を立てて二つ折りタイプの携帯を開く。
最新のメールは、先ほども確認したもの。
グリーンからの「一緒に帰るぞ」という命令にも近い約束。
…こんな風に、以前では決して有り得ないメールを貰える時点で大分嬉しいものだけれど。

(グリーンはどうしたいんだろう)

本当に僕で、よかったのかな。
少しマイナスがちな思考に行ってしまうのは、これはもう性質だとしか言いようがない。
どこに行けばいいのか分からなかったので、とりあえず目的地を生徒会室へと定めて。
体の向きを切り替える。

「副会長!」

そこで後ろのほうで呼ぶ声がしたので、反射的に立ち止まる。
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