企画用倉庫

□かの友人は、蚊帳の外
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きんこーん、という少し古いタイプのチャイムの音。
来訪者を知らせる音に、レッドはゆっくりと瞼を押し開ける。

「…」

布団に潜って、クッションを抱き締めたまま。
感じるなんて器用なことは出来ないはずなのに、無意識に外の気配を探る。
宅急便が来る予定はない。
隣のあの人、が来る予定も今日はないはず。
きっと勧誘か何かだろう。

無視しよう。
寝直そう。

そう判断して、寝返りを打って目を閉じる。
きんこーん。
その瞬間に、もう一度チャイム。
間を置いて二度目のチャイムも、よくあるパターンだ。
大体音がこんなに大きいのだから、そんなに何回も押さなくても誰だって気付く。
なので二回以上押す来訪者は、レッドにとっては一瞬でブラックリスト行きするくらい無礼な人間なのだ。
息を殺す。
心地よいまどろみの中にいる彼女を止められる人はいない。
はずだったのに。

きんこん、きんこんきんこんきんこーん。

高速で連打。
けたたましいチャイムの音が室内に響き渡る。
それにはさすがにレッドの体も跳ね上がって。
何だとドアのほうを見たあたりで、どんどんどんとついにノックまで始まった。

(…あれ)

ふと遠い記憶が蘇る。
この襲撃、いつか、どこかでも受けたような。
ぼーっとドアを眺めたままのレッドに。
その声が、現実をつきつける。


『レッド、いるんでしょ!寝てないで開けなさい!』


ものすごく、聞き馴染みのある声。
そこでやっと現実に返ったレッドは、慌てて布団から飛び出して寝癖も寝巻き姿もそのままに玄関のドアを開けたのだった。



果たして待っていたのは、やはり予想通りの人物で。

「…カスミ」
「ちょっと、あんたその格好…そういうだらしないところも相変わらずね」

とりあえず、お久しぶり。
こちらの姿を見て呆れたような顔をしたものの、すぐさま悪戯に成功したような笑顔を浮かべるその人。
紛れもなく、レッドの数少ない友人。
彼女は実家に戻ってそちらで就職したから、卒業後は全然会えていなかったのに。
突然の訪問に嬉しさよりも驚きのほうが勝ってしまって、ぽかんと友人の姿を眺める。

「何よその顔は。せっかく親友が会いに来てるんだから、もう少し嬉しそうな顔したらどうなの?」

納得いかない、とでもいうようにつんと額を突かれる。
もともとお洒落な子だったから見た目に大きな変化はないものの、やはりどこか学生の時とは違う大人の女性の雰囲気に溢れていて。
お隣さんといい、社会人というのはこんなに内側から輝いているものなのかと思った。
いや、輝いているから社会人になれたということか。

レッドは色々考えて虚しくなりそうになる思考をどこかに追いやって、とりあえず久しぶりの再会を喜ぶことにした。





せっかくの休日を返上して会いに来てくれたらしい友人を部屋に上げて。
お茶の準備をしていると、勝って知ったる部屋の中を彼女は何やらきょろきょろと見回している。
どうしたのと声を掛ける。
ことりとローテーブルに置かれたグラスのお茶には目もくれず、目線をこちらに向けたカスミは。

「…随分と部屋、片付いてるわね」

とぼけたように、わざとらしく不思議そうな顔をしてそんなことを言う。
ぎくりと体が緊張した。
それを見落とすことのなかったカスミは、今度こそにやぁっと楽しそうな笑みを浮かべる。

そうなのだ。
この人物は、レッドの多くを知っている。
少し前までのこの部屋の様子も、自分がここまで綺麗に部屋を片付けるような人間でなかったことも知っている。
物の散らかっていない室内。
こんな状況、多分彼女が遊びに来ていた頃にはなかった。

「ということは、結構この部屋に遊びに来てるのね」

ここまで来て、レッドは彼女の目的が何なのかを理解した。

「だ、誰が?」
「なーにとぼけてんのよ、噂のお隣さんストーカー彼氏に決まってるでしょ。今日はとことん話してもらうんだからね」

そのために来たんだから、と楽しそうに笑う友人。
やっぱり、と小さくため息が漏れた。
いきなり来るから何かと思えばやはりそういうことなのか。
照れくささからほんのりと熱くなる頬は気付かないふりをして、呆れたような反応をする。
そんなレッドを他所に、カスミは何やらしみじみと大きく息を吐くと。

「あーあ、それにしてもあのレッドが部屋の片付けなんてねぇ…恋の力は偉大だわ」
「…人を片付け出来ない人間みたいに言うの、やめて」

不満げな表情を隠そうともせずにそう呟くと、ごめんごめんと軽い謝罪が返って来た。
本当に悪いと思っているのかと思う反面、レッド自身も恋なんていう言葉を使われて恥ずかしかったのを誤魔化すために文句を言ったようなもので。
段々と赤くなっていく顔を見られたくなくて、思わず小さく俯いた。
だからそんな様子を見て一瞬だけ、感慨深そうに優しく微笑んだ友人には気付けなかった。

「それに相手があの「グリーン」なんでしょ。全く、私の苦労は何だったんだか」

そしてどこか呆れたように呟かれる。

少し前に聞いた話によると、どうやらカスミと彼は在学中に一度だけ会話をしたことがあるらしい。
そうでなくても彼はあの大学ではそこそこの有名人だったらしいし。
付き合うことになってから初めて相手の名前を教えた時の彼女の悲鳴は、レッド自身今でもよく覚えている。
今は渋々ながらも納得しているようだが、その時は「考え直せ」「あいつはストーカー」など、色んな言い回しで説得されたものだ。
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