企画用倉庫

□新妻さま、はじめてのご奉仕?
1ページ/3ページ

それは、いつも通りの時間に夕飯を食べ終えて後片付けをしていた時のことだった。
レッドと少し小さめの声で名前を呼ばれて。
なに?と洗い物の手を止めて振り返ると、やっぱりいつも通りの定位置に座ったままのグリーンがこちらを見ていて。
何となく気まずそうな顔をしながら、躊躇いがちに口を動かしている。

「…その、さ。明日は休日だよな」
「…?そうだよ」
「うん、いやまあそうなんだけど。だから…えーっと…」

顔を赤らめながらあー、とかうーとか唸っている彼の姿は、何となく自分より年上に見えなくて。
それに可愛いとか思いながら、どうしたんだろうと首を傾げる。
根気よく相手の言葉を待っていると。



「…せっかくなので。明日はデートでも、してみませんか」



丁寧にそんなお誘いをされた。

レッドはそれにゆっくりと首を傾げてから。
言われた意味を理解して、ぽっと頬を赤らめるのであった。





言われてみれば、想いが通じ合ってからこうして遊びに出掛けるのは初めてで。
わくわくと高揚する気分を抑えることが出来ないまま、迎えた当日の朝。
レッドはどんな格好をすればいいのか悩みに悩んで、いつかナナミと出掛ける時に着たあの服を取り出して。
今度はちゃんと見てもらえたらいいななんて淡い期待を抱きながら部屋を出る。
階段を下りてリビングへ向かうと、既に着替えを終えていたグリーンが立ったまま飲み物を飲んでいたところで。

「お、…」

部屋に入ってきたレッドに気付いたグリーンがこちらを振り向く。
何かを言いかけたところで止まって、どうしたんだろうと首を傾げた。
そんな様子に気付いたのか、グリーンはゆっくりと口元を手で覆いながらこほんと咳払いを一つ。

「…あーいや、その。やっぱり似合うな」

その格好。
そう言いながら眩しい笑顔を見せ付けてくれる。
決して逸らされることなく、しっかりじっくりとその目に見つめられて。
お褒めの言葉と相まって、何だか恥ずかしくなる。
だからまだデートは始まってもいないのに、レッドはほんのりと頬を染めて俯いてしまう。

「あ、あり、がとう…?」
「ん」

何か言わなければと口を開いても、出てきたのはそんな言葉くらいで。
動揺し続けているこちらを他所に、いつも通りのグリーンがぽすんとこちらの頭に手を乗せてきた。
見上げた先には優しく微笑むグリーンの顔。

「それじゃあ、行くか」

そのままくしゃくしゃと軽く撫でられて、心持いつもより整えたはずの髪の毛が少し乱れてしまった。
なんてことを、と言うことも可能だったけれどやっぱりそれ以上に照れくささが強く残ってしまっていて。
それを誤魔化すためにこくん、と勢いよく頷いて返事をするだけになってしまった。



繰り出した先は、何と言うことはないいつもの繁華街。
けれどもこうして二人でちゃんとそこを見て回ることが今までなかったので、とても新鮮に感じる。
何よりグリーンと一緒に出掛けられるというだけで、レッドの胸はじわりと温かくなるのだ。
歩幅を合わせて歩いてくれる、その高い位置にある横顔。
まだ少しだけ、何となく離れた距離にあるグリーンの体はそれでも近いと感じてしまって。
一瞬だけどもっと近い距離で触れ合ったこともあるのに、なんでこんなにもどきどきするのだろうとレッドは思う。

「、わ…」

そんな風に横にいるグリーンの存在に気を取られているものだから、逆方向に歩く人にぶつかって。
すみませんと謝っているうちに、どんどん向こうからやって来る人の流れに飲み込まれそうになる。

そうなるより早く、右手を何者かに掴まれて。
ぐいっと人のいないほうに引き寄せられる。



さっきよりも彼の香りが、強くなった。



「気をつけろよ」

休日は本当に人が多いよな、なんて。
ずっと見つめられていたことにも気付いていたのであろうグリーンは困ったように笑いながら。
引き寄せるために掴んだその手を離すことのないようにと、より強くきゅっと手を握り締めてきた。

「う、ん…」

温かい、大きくて少し骨ばったグリーンの手の感触。
その温度と感触を直に感じてしまって。
今更ながらに、自分たちの関係を実感してしまう。
(夜は積極的に迫ることもあるレッドだけれど、それとこれとはまた別の問題なのだ)
そしてこんなことを不意打ちでさらりとやってのけるグリーンはずるい、と思った。





それからグリーンがよく知っている店を歩いて回って。
昼食も事前に調べてくれていたらしいお店で、美味しいイタリアンを食べることが出来た。
いつの間に熟知したのか、レッドの舌の好みを確実についてくる彼は本当にすごいし大人だと思う。
そんなこんなで繁華街の通りを抜けて、公園にたどり着く。

「ここらへんで休憩するか」

公園と言っても遊具と砂場だけのような場所ではなく、芝生広場やウォーキングコースも整備されている広い公園だ。
市民の憩いの広場といえばいいのか、とにかく休憩にはもってこいの場所。
そんな場所だから屋台販売もそれなりにあって。
ワゴン車でアイスクリームの販売をしているのを見かけて、思わずじっと見つめていると。

「あれが食べたいのか?」

すぐさま声を掛けられる。
遠慮して「別にいいよ」と言うと、グリーンは「俺も食べたいからさ」なんて理由をつけてくれて。
そこで待ってろ、とベンチに座らされて待ちぼうけ。
可愛らしいウェイトレス姿のような店員が、グリーンに営業スマイルで対応しているのが見える。

ほふ、と久しぶりに訪れた一人の瞬間に思わず甘い息が漏れた。

少し体の緊張もなくなって、ベンチの背もたれに軽く凭れかかる。
そこまで来て初めて、自分がこんなにも緊張していることに気が付いた。


(変なの)


毎日、一緒にいるのに。

それすらも甘い響きで、またきゅっと胸が締め付けられる。
家にいるグリーン。
今、一緒に出掛けてくれているグリーン。
どちらも同じ人物のはずなのに。
まるで違う世界に来てしまったような、そんな気分になる。
優しくスマートにエスコートしてくれる姿が、いつも以上に彼を大人にさせているというか。
実感させられる、というか。

ぎゅっと締め付けられる胸に耐えられなくなって、それを振り払うように手元の買い物袋へと手を伸ばす。
がさがさと音を立てて取り出したのは人気キャラクター、ピカチュウのぬいぐるみ。
先ほどの繁華街でレッドが見つけて、じっと見ていたらそれもまた「それが欲しいのか?」なんて言ってグリーンが買ってくれたのだ。
そんな大きなものをあっさりとプレゼントしてくれそうになったグリーンに、レッドは慌てて首を横に振ったものの。


『いいんだよ。…これからお前の荷物、どんどん増やしていく予定だから』


あの家をお前の家にするための準備だと、照れくさそうに理由を教えてくれた。
衣類はもちろん、生活用品や雑貨など。
少しずつ、少しずつ。
ここがレッドの家なのだと、実感させるために。
グリーンはもしかするとそこまで考えて、今日のお出かけを決めたのかもしれない。

(…ほら、また)

また、埋まっていく。
失くした、或いは元々なかったはずのレッドの居場所が。
からっぽだったはずの心が。
温度と色を持って、埋め尽くされていく。
こんなにも満たされていいのだろうかと、不安になるくらいに。
優しすぎるグリーン。
与えてくれるばかりで、自分は何もいらないなんて、そんな。

(やっぱりグリーンは、ずるい)

等身大と銘打たれたぬいぐるみは、ぎゅっと抱き締めるには丁度いいサイズで。
思わず力強く抱き締める。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ