企画用倉庫

□とある少女の想いと願い
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同じ家に住んで、同じ時を過ごしてきた家族。
それなのに何故だろう。
いつだって緊張が拭えない。
その苦しみから、解放されない。



学校帰りに友人たちと訪れた集合商店。
この辺りの学生たちの溜まり場として使用されることの多いその店は、案の定色んな制服を身に纏った学生たちでいっぱいで。
そんな中でレッドがその人物を見かけて、更には目がばっちりと合ったのは、本当に偶然だったのだ。

(…あ)

驚きに目を見開いたのはレッドだけではなく、目が合った相手も同じだったようで。
生まれつきらしい茶色い髪の毛に、綺麗にセットされた髪型。
毎日見ているその顔はこうして外で見るとまた違う雰囲気がある。
見慣れない、違う学校の制服。

そして隣に寄り添うようにして立っている、見知らぬ女子生徒。

反射的に目線を逸らした。
そのまま見ていてはいけないような、気がしたから。

「どうしたのよレッド。あのイケメンと知り合い?」

こちらの様子に気付いた友人が不思議そうに問い掛けてくる。
彼女たちは事情を知らない。
だって何と説明したらいいのか、分からないから。
話してしまえば別々の高校に通う意味がなくなってしまうし。

「…ううん、知らない」

だからレッドは今日も、嘘をつく。
いや、嘘ではない。

(あんなグリーン、知らない)

だって本当に。
外を歩く彼はいつだって、レッドの知らない顔をして笑っているのだから。





レッドとグリーンは、同い年の兄妹だ。
双子という訳ではない。
そもそも血の繋がりすらない。
彼の父とレッドの母が再婚した結果、こうして戸籍上の繋がりを持っているだけ。
結局ことの始まりは赤の他人同士から。
出会った頃は、人見知りする性格も相まって母親の後ろに隠れてこそこそとしていて。
それをグリーンが引っ張って、色んな場所に連れ回されたり遊んでくれたからこそ打ち解けていくことが出来た。
強引に引っ張る彼の手に戸惑いを覚えることは多かったけれど、レッドはその温もりを何故だか今でも忘れられないでいる。

「レッド」

その日の夜の、お風呂に入る直前。
二階に上ろうとしていたグリーンがこちらに気付いて声を掛けてきた。
ここ最近は二人だけで会話をすることなんて滅多になかったので、少しだけ体が緊張しているのが分かる。

「なに」
「お前さ、あの店にいたとき目が合ったのに無視しただろ。何でだよ」
「…人と一緒にいたから」
「手を振るくらい出来るだろ」

もうちょっと可愛く振舞ったり出来ないのかよ。

無茶苦茶な要求をしてくる兄に、余計なお世話だと心の底から思う。
何故自分が彼に可愛く振舞わなくてはならないのか。

「…話しかけたら、一緒にいた女の子に悪いでしょ」
「あー、あいつのことか?いいって。妹って説明すりゃ納得するだろうし」

単純に身内から無視されるのが嫌らしいグリーンは、そんなことを言うけれど。
何となく否定して欲しいと思っていた部分が否定されなくて、心臓がちくりと痛んだ。

(…やっぱり、新しい彼女なんだ)

言葉の雰囲気から、今日見かけた隣を歩く女の子との関係を察したレッド。
グリーンがモテるのはよく知っているし、彼が彼女を作るのは今に始まったことじゃない。
だけれどもその度に。
レッドの心がきしりと音を立てて痛むのを、グリーンは知らない。

「…そう」

完全に認めたわけではないけれど。
レッドはどうやら、この同い年のイケメンな兄に好意を抱いているらしい。
それも決して兄弟に向けるべきではない、好意を。
勘違いだったら良かったものの、そうでなければ今までの自分の感情に説明がつかないのだ。

本当はもっとたくさん話をしたいし、傍にいたいと思う。
でも近くにいると他の人と一緒にいる時以上に緊張して上手く話せない。
彼女が出来たという報告を受けるたびに、胸が痛む。
彼の知らない顔を遠くから見る度に、心が焦る。

色んな感情を持て余したまま、過ごしてきた日々。

「ま、今度会ったときは紹介してやるからさ。お前もちゃんと挨拶しろよ」

紹介なんていらない。
挨拶だってしたくない。
早く別れちゃえばいいのに、なんて自分らしくない言葉を内心呟いて。
その己の心の汚さに、遠ざかっていく足音を聞きながらレッドは目を伏せた。





「明日…?」

何を言われたのか理解できなくて、思わず聞き返してしまった。
先の件から数日後の、同じ位置。
風呂に入ろうとしていたレッドと、二階に上がろうとしていたグリーン。
戸惑いがちの声で聞き返すと彼はんー、とどこか眠たそうな声で返事をする。
悪びれた様子もなく、寧ろどこか楽しそうに。

「この間見ただろ?あいつ、明日うちに遊びに来るから」

恋人の話を聞いたり、街中で目撃することは何度もあったけれど。
こうして恋仲の人間が訪ねて来るというのは初めてのことだ。

「そういう訳だから。明日は邪魔すんなよ」
「…いつ誰が、グリーンの邪魔をしたの」

いつも以上に無愛想な声。
それに気付いているのかいないのか、それもそうだなと笑いながら話すグリーンの顔をレッドは直視できなくて。
フローリングの木目をぼんやりと眺める。

「…好きに、すればいいでしょ」

普通に見ているだけなのに、そこがぐにゃりと歪んだような気がした。

(なに、これ)

平衡感覚がなくなってしまったかのように、ぐらぐらと揺れる視界。
ずきずきと痛み出す心臓。
何を今更。
カノジョの話なんて、今までも散々聞いてきたはずなのに。
どうしてこんなにも動揺しているのか。
そう問い掛けてみるものの、理由は至って単純なのだ。



―――だってこの家は、レッドとグリーンを繋ぐ最後の領域だったから。



何人たりとも踏み入れることの出来ないはずの、二人の生活空間。
レッドが外にいる時のグリーンの笑顔を知らないように。
グリーンのカノジョは、家にいる時のグリーンのプライベートな顔を知らない。
だからこそ釣り合っていたのだ。
レッドだけが知っている、二人の特別な場所。
そこに見ず知らずの、レッドの知らないグリーンの笑顔を独占できる人が来るなんて。
卑怯だとは思わないか。
赤の他人が二人のこんなささやかな場所すら、奪おうとするなんて。

(グリーンを、とられちゃう)

二人だけの何かが失われていくということは、つまりそういうことで。
元々自分のものだった訳でもないのに、そんな汚い本音が漏れた。

「ま、それだけ伝えておこうと思ってさ」
「…う、ん」

どことなく楽しそうに話すグリーンに、嫌だと言う事も出来ない。
そのまま「おやすみ」という言葉と共に自室へと向かっていたグリーンに、何の返事を返すことも出来ないまま。
レッドは呆然と、その場に立ち尽くしていた。



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