企画用倉庫

□スタートボタンを押したのは、
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かた、かたと。
パソコンのエンターキーを定期的なリズムで叩く。

隣の部屋の姉や、下の階の両親すら寝静まった時間帯。
唯一電気がついている室内で煌々と輝く平面の向こう側には。
苦しい境遇にも負けず健気に己の運命に立ち向かう、清純な乙女。
そんな彼女を守ることが出来るのは、自分ただ一人。

「ここで、下の選択肢…っと」

独り言を呟きながら今度はマウスのポインタで、表示されている画面をいじる。
二つの選択肢が表示されていた部分がまた本文へと戻り、画面も同時に変わる。
今までのようなキャラクターの立ち絵とは違う、一枚のイラスト。
表示された画面ににへらとだらしなく頬が緩むのを自覚した。

しかしそれ以上に、胸の内側から込み上げてくる熱い衝動が抑えきれなくて。

「〜〜〜っ、たまんねぇ!」

思わず普段どおりくらいの声が出た後で、家族が家にいることを思い出す。
慌てて首を振って、小さく咳払い。
それからまた画面へと視線を戻して、再びにやりと口角を上げた。
ディスプレイに表示されているのはヒロインが町を歩いているのであろう、何気ないシーン。
それでも滅多に見られない「彼女」の全身像に、にやけずにいられない。

美しい艶やかな短い黒髪。
くりんとした丸い瞳。
透き通るような白い肌。
そして眩しいその、笑顔。

…自分がとてつもなく滑稽であることは、自覚しているつもりだ。

しかしこの思いは留まるところをしらない。
それどころか日々加速していく。
ああ。

「今日も可愛いぜ、『くるみ』…」

今日も夜が更けていく。







グリーンはイケメンとしてそれなりに名前の売れた、学園のアイドル的存在だ。
見た目もさることながら成績優秀、スポーツ万能、そして性格も人当たりの良い人物で。
今日もまた、彼は男女問わず声を掛けられてそれに笑顔で返しながら登校してきた。
ふわ、と小さくあくびをすれば、それを見たクラスの友人が茶化すように話しかけてくる。

「寝不足か?さては昨日はお楽しみだったとか」

彼がモテるという事実は誰もが認めることで、そんな風に話題を持ちかけられることも珍しくない。
しかしグリーンはそれをいつも笑って誤魔化す。
だから友人たちは気付かない。
そう問い掛けられて笑って答える、グリーンの心の中の呟きに。

(…ある意味、な)

今日も同じように胸の中でそう呟いて、窓から教室の外へと目線を向けた。
本当に。
この表面上の生活だけでも、十分に充実しているはずなのに。
何故こんな趣味に走ってしまったのだろう。

無意識にブレザーの右ポケットに入っている携帯へと手を伸ばして、かちりと開く。
お気に入りの項目からいつものページへ飛んで、真っ先に確認するのはメールボックス。
既に数件のメッセージが送られてきていて、思わずまたにやりと口角が上がりそうになるのを無理やり抑える。

「グリーン、どうした」
「何がだよ?」
「すっげぇ嬉しそうな顔してたけど…やっぱり昨日の夜何かあったのかぁ?」

見られた、また悟られてしまったことに失態を感じたものの、そんなものはすぐ修正出来る。
だからちげーよと軽いノリで返答すると、相手はまだ納得していなさそうだったがすぐに興味をなくしたようで。
すぐに他の男子たちと違う話題に興じていった。
ふう、と小さく聞き取られない程度に息を吐く。

何せ内容が内容なので、周囲に気取られる訳にはいかない。
恥ずかしいとか、後ろめたいとかよりも何よりも。
この「聖域」だけは誰にも踏み入れて欲しくないという意思が彼をそうさせる。

すぐにでも中身を確認したいところだったが、この分だと後で一人になった時に見たほうが安全だ。
そう判断し直して携帯を再びポケットへ。
そして何事もなかったかのように、他の男子たちの会話に混ざっていく。

(気をつけないと、だな)




…人間、思わぬところで才能を発揮する場合があるもので。
この恵まれた環境に生まれた少年、グリーンもまたそんな「選ばれなくてもよかったのに選ばれてしまった」人間の一人であった。

彼が夜遅くまで熱心にパソコンに向かう理由。
昼の顔とは違う、もう一つの顔。

グリーンの趣味は、所謂「乙女ゲーム」というやつだ。

それは女性を主人公にして、男性との擬似恋愛を楽しむためのもの。
何故彼がそれに夢中になっているかというと、別にグリーンが男好きであるとかそういう訳ではない。
理由は、その主人公…ヒロインにある。
まるでグリーンの理想を具現化させたような、その人物。
名前を「くるみ」という。
彼女が彼の理想像どおりであることは、実は偶然ではない。

何故なら、彼女を生み出したのはグリーン本人なのだから。

彼女だけではない。
今夢中になっているゲームにおける他の登場人物も、ストーリー構成も、グリーンが生み出した世界。
つまりこれが、彼の思わぬ才能なのだ。

先に述べたとおり、グリーンには友人が多い。
誰とでも分け隔てなく接することが出来るということは、色んな類の人と知り合えるということで。
たまたま友人に、所謂オタクという人間がいた。
その友人から知識を得ていく過程で、興味本位でギャルゲーだのという類のゲームもするようになった。
暫くして自分でもパソコンさえあればそういうゲームが作れるということを知って。
何となく、本当に何となく。

―――俺だったら、もっと面白いの作れるんじゃね?

と思ったのが最後。
いや、全ての始まりと言うべきか。
ネットでプログラムの知識を集めて、必要なものを集めていって。
出来上がったその世界。
友人の話に便乗してせっかくだから売りに出してみるか、なんて軽い気持ちで世間へ発表したのだが。
これがまあ思いのほか好評で。
今ではその道の女性たちの間で知らない人はいない、と言っても過言ではない地位まで登り詰めたそのゲーム。

そして馬鹿馬鹿しい話ではあるが。
作りっぱなしでろくに読み返しもしていなかったグリーンはそこまで来てやっと自分の作品をじっくりと鑑賞するようになり。
そんなことをしている間に、今のような状況になってしまったということだ。

くるみが可愛いのがいけないんだ。

どんな言い訳だと思わなくもないが、自分でもよく分からないうちに彼女に首ったけになってしまっていたのだからどうしようもない。
まあ自分の好みを当てはめた登場人物なのだから、好きになってしまっても当然なのだろうけど。

…そしてどんな想いで彼が彼女を生み出したのかを考えると、それはごく自然なことなのだ。


「そういえば、見たか?」
「何をだよ」
「転校生だって。さっき職員室に入ってくの俺見たんだ」
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