企画用倉庫

□ハッピーエンドは突然に
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その抜け殻に命を注いだのは、誰だったのか。



「はじめましてご主人様」

華美な着物に身を通しながらも、どこか素朴さが伺えるその姿。
しゃらりと簪を揺らしながらこちらを見上げて。
ぺこりと優雅にお辞儀をして挨拶した、自分の膝丈くらいの少女。

「あなた様のお力が、僕に命を与えて下さったようです」

人語を話し、動く少女。
一見何一つおかしいことはないように見えるけれど。
違和感が拭えないのは、やはり。
それが先ほど自分がやっとの思いで完成させたばかりの人形、のはずだからで。

「このご恩を忘れず、誠心誠意尽くして参ります」

よろしくお願い致します。
そこは人形の名残なのか、表情をぴくりとも動かさない少女は無表情のまま、三つ指を付いて座礼をして。
主人と呼ばれた男は、尚も呆然としたままそんな様子を眺めていた。





天下のお膝元である城下町。
その片隅に看板を構えている、小さな人形屋。
店の主人であり人形職人でもあるグリーンは、困っていた。
数ヶ月前に舞い込んできた大名からの、直々の依頼。
曰く、娘の誕生日を祝うために可愛らしい女の子の人形を作って欲しいとのこと。
この依頼を無事にこなして気に入られることが出来れば店にとって大きな利益となるだろう。
腕に自信があるものの機会に恵まれなかったグリーンにとっては、大きなチャンスだった。
その場で勢いよく快諾した彼はそれから数ヶ月、その人形作りに精を注いだ。
可愛らしいおなご。
遊び相手となってくれるであろう、少女。
そんな念を込めながら、丹精込めて作り上げた作品。

特別に設えた真っ赤な着物に、赤い簪。
時々きらりと深紅色に輝く瞳。
何をとっても完璧。
まさしく会心の出来だった。
そして彼は最後に、いつものように作品に名前をつけた。
その出来に恥じることのない名。

レッド。

愛おしげにその名前を呼んだ。
まさしくその瞬間だった。
ゆっくりと、ふるりと。
動くはずのない瞼が震えて。


ぱちり、と。
瞬きをしたのである。


え、と思う間もなくぱちぱちと瞬きを続ける彼女。
そうして冒頭の挨拶に、戻るのである。

何度考えても考えても、原因が分からない。
こちらを見つめるくりんとした瞳に居心地が悪くなる。
不思議と気味が悪いとは思わないのは、人形に命が宿ることがあると、幼い頃から先々代である祖父に聞かされていたからだろうか。
想いを込めて作られた人形。
そう考えると動いているのは不思議なことではないように思える。
問題は、そこではない。

彼女は大名の娘に献上されるべく作られた「人形」だ。
グリーンこそ何とも思わないが、一般人から見れば喋る人形だなんて気味が悪いのではないだろうか。
(まあ遊び相手という点を言うのなら喋ったりするほうが面白いだろうが、相手がそんな単純な思考を持っていてくれるかどうか)
そして。

「ご主人様、僕は何をすればいいのでしょうか」

「何なりとお申し付け下さい」

「ご主人様」

どうにも彼女は、この家に仕えて然るべきと考えている。
微塵も自分がこの家ではないどこかに貰われていく運命にあると、思っていない。
問題だ。
大問題だ。
さっさとその事実を伝えてしまえばよかったものを、そもそもやはり動く人形だなんて先方には気味悪がられるだろうし。
更に意思を持って動き始めた彼女に、君が仕える主人は自分ではないとどう伝えればよいのかなんて。
心優しい青年であるグリーンには考えることが出来なくて。
しかし納期ギリギリまでレッドの作成に時間を費やしていたものだから、今から新しいものを作る気力も時間も残っていない。
店の看板を城下、いや国中に知らしめる好機。
それが逃げていっているのを、どこか遠くから眺めるような錯覚に陥りながら、グリーンは数日頭を抱えていた。

「グリーン」

とりあえずご主人様と敬語はやめてくれ、とお願いするとレッドは素直に受け入れてくれた。
工房で途方に暮れているグリーンに、おぼつかない足取りでお茶の入った湯飲みを運びながらレッドが声を掛ける。
こちらが何も言わなくても勝手に動いて働こうとするレッドに着物が汚れるからと、特別に作り上げた彼女専用の割烹着。
異様に板についているのが可愛いを通り越していっそ恐ろしい。
というかちゃっかり何を作ってるんだ自分、とその姿を見てグリーンはまたため息をついた。

「…どうかした?」
「…いや、何でもない」

お盆から湯飲みを受け取って、ありがとなと小さく礼を言いながらぽむぽむと頭を撫でる。
そうするとレッドはとても嬉しそうに微笑むのだ。
(表情がないと思っていたのは勘違いで、彼女は時々人間らしい表情を浮かべるようになった)
案の定ふわりと年相応の少女のように、可愛らしく微笑んだレッド。
それにきゅんと胸が締め付けられて。

「…はぁ」

またため息が漏れた。



…どうやらグリーンは。
一番の問題は、自分自身だという自覚があるらしい。



己が生み出した最高の作品。
それだけで愛着が十二分にあったのだ。
まさか動くなんて思ってもなかったけれど、その所作も表情も可愛らしくて。
グリーンは、もう十分レッドに絆されかかっていた。
自分に尽くそうと一生懸命に努力する人形を、手放したくないと思い始めていた。

ぶんぶんと首を振り、指折りで暦を数える。

(…娘さんの誕生日は、一ヵ月後だから…)

あわよくばあと一ヶ月の猶予は頂けるかもしれない。
納得のいく作品を作りたいのです、と地面に頭をつけて頼み込めば。
しかし新しい作品を作るのに、果たしてそのような時間で十分なのか。
答えは否だ。
もし完成できなかった場合は、彼女を差し出すしかない。
あれやこれやとどうにかレッドを手放さないでいられる方法を考えて頭を抱えるグリーン。

そんな彼を姿を、レッドは後ろのほうから思いつめたような顔で見つめていた。





それから一ヶ月。
グリーンは何とか引き延ばした納期に向けて誠心誠意、死に物狂いで新しい作品づくりに取り組んだ。
つまりレッドと二人きりでそれくらいの日々を過ごしたということも、同時に意味する訳で。

その頃になるとグリーンはそれはそれはもう、レッドが愛おしくて仕方なくなっていた。

小さい体を不便そうに、それでも一生懸命にてこてこと歩く姿。
自分は食べられないのに、どうにかして主人の好みの味を作り出そうと厨房に立つ姿。
作業中は集中しているグリーンの邪魔をしないように、そっと離れて様子を見守ってくれている。
そうして一息入れる頃になると、黙ってお茶を淹れてくれる。
風呂の時は何となく恥ずかしそうに目線を逸らしながら、竈の火を見てくれる。
寝る前には笑顔で、布団に入ったグリーンに優しく微笑んで。
良妻とはこのことを言うのではないだろうかと。
グリーンは本当にそんなことを考えていた。

その一途な姿勢が愛おしい。
尽くしてくれる心がありがたい。
長年一人暮らしが続いていて、職業柄生活をないがしろにしがちなグリーンにとってレッドは心身両方の意味で、癒しの存在であった。
そして、良妻と例えたように。
どうやらグリーンは、レッドを無意識にそういう対象で見てしまっていたらしい。



「レッド」

納期が迫っていても、それでも体にとってやはり睡眠は必要で。
もう夜も明けるかくらいの時間になって限界を訴えてきた体を休ませようと布団に倒れこむ。
遅くまでずっと付き添ってくれていたレッドがいつものように、お休みの挨拶をしてくれた。
それが終わるといつも彼女は自らのあるべき場所である硝子ケースに戻るのだが、今日は何となくそれを引き止めたくて。

「おいで」
「え…?」
「一緒に寝ようぜ」

思わぬ発言に驚いたらしいレッドが、目を真ん丸くしながら体を跳ね上がらせた。
それから彼女が徐々に顔を赤く染めていくのをぼやけた視界で確認できて。
ああ、可愛いなぁ。
重たくなる瞼を何とか持ちこたえながら、グリーンは何ともだらしない笑顔を浮かべる。
確か少し前までの自分は、レッドが人間らしい働きをする度に傷が付く、だの汚れが、だのと。
「作品」が台無しになってしまうのを恐れていたはずなのに。
そんなことすらもう気にならないくらい、レッドに惚れ込んでいた。
もっと一緒にいたいと、思うようになっていた。

「で、でも僕…」

小さいし。
硬いし。
冷たいし。
三拍子のリズムでそう呟いたレッドに、グリーンはやんわりと微笑んで。

「んなことねぇよ、ほら」

立ち尽くしたままの彼女へ手を伸ばす。
そのまま手を取りぐいっと引っ張ると、見た目以上に軽いレッドは簡単に布団の中へ引き込まれて。
逃げ出せないように両腕で抱き締めるように囲い込むと、彼女はより一層顔を真っ赤にして。
恥ずかしさで眉を寄せたレッドの顔が間近にある。
自分でしておいて何だが、その事実にグリーン自身もまた恥ずかしさを感じて。
心持早くなった心音に、また照れくさそうに笑う。

「え、えっと…その」
「あー、ちょうどいい抱き心地。お前今日からずっとここで寝ろよ」
「ず、ずっと?」
「おー」

自分で言っておいて、変態くさい言葉だなとは思った。
だけど心の底からそう思ったのだから仕方ないではないか。
日中はあんなにも人間のように動くレッドは、夜になるとまるでふと我に返ったように人形へと姿を戻す。
その瞬間が嫌だった。
当然のように硝子ケースへと戻っていくレッドを見送るのが嫌だった。
人間と人形。
それは当然の隔たり。
弁えるべき命の違い。
それでも、グリーンは。


その偽りの命に恋をした。
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