企画用倉庫

□フルーツ牛乳:200円
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お待ちかねのフルーツ牛乳も飲み干して。
何となく緊張した気分を残したままレッドと二人で横に並んでテレビを見ていると。
隣の彼女がこくりこくりと、舟を漕いでいることに気が付いた。

「そろそろ寝るか?」
「ん…」

朝早くから出掛けてずっと動きっぱなしだったのだから、疲れているのも無理はない。
明日も早いのだから早めに寝ておかないといけないな、なんて今更なことを言いながらレッドを布団へ促して。
彼女がうとうとと瞼を何度も落としそうになりながら布団に入り込んでいくのを確認して、電気を消すぞと告げてから消灯した。
ぱっと暗くなる周辺。
行灯だけがほんのりと、枕元を照らしてくれている。
オレンジ色の光に当たって浮かび上がったレッドの顔。


とろんとした目つきで、それでも寝ようとしない彼女はぼんやりとこちらを見つめていた。


その表情や体勢が年齢のわりにやけに色っぽくて、またどきりと心臓が跳ね上がる。

どこで覚えた訳でもないはずなのに。
ただの惚れた弱みかもしれないけれど。
どうにも時々こうした表情を見せられるのが、一番困るということに気付いたのはつい最近だ。
だって。

「おやすみ、レッド」
「…う、ん」

もっと触れたいと、思ってしまうではないか。

大事にしたいと思うのは、やはり彼女の年齢を考えた上でのことで。
無理をさせたくない。
大人気なくがっついたりするなんて、そんなみっともないことはしたくない。
色んなモラルや理性が、グリーンを寸でのところで一線を越えることを留まらせてくれている。
それなのに。
ただでさえ愛しい人に触れたい衝動を、日頃から抱きながらも抑えているというのに。
そんな表情をされたら、錯覚してしまう。
レッドはもう大人の女性なのだと。
その体に触れて、開いて。
奥底まで触れてもいいのだと思ってしまう。

…もちろんレッドはそれでもいいと言うだろう。
己の醜い欲を目の前にしても、彼女は拒絶せずに受け入れてくれるという確信がある。
ただそれは、いけないような気がするから。

ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ触れたい衝動に負けて、横になっている彼女の少し湿った柔らかい髪の毛に触れた。
それから軽く、いつものように頭を撫でて。
嬉しそうに目を細めたレッドに優しい笑みを浮かべる。
そうしてもう一度、おやすみと小さく囁いてから。
それ以上を求める己の手を無理やり引っ込めて、隣の布団へと潜り込んだ。


しん、と。
静まり返る室内。
時計の音すら聞こえない、静寂に満ちた空間。
それ故に相手の呼吸と寝返りによる衣擦れの音、何より自分の心音が煩く聞こえて仕方ない。


目を閉じていても開いていても、暗闇に浮かび上がるのはついさっきのレッドの顔だ。
蕩けるような笑顔と瞳。
少しずつ緩んでいく浴衣の着付け。
無防備な姿のレッドが、自分が背を向けたほうで横になっている。
そう考えただけで、またよからぬことを考えそうになる己を叱責した。
体は疲れていて、すぐにでも寝たいと思っているはずなのに。
それすらも凌駕してしまう恋人の存在に、大したものだと苦笑を漏らしそうになった。


「…グリー、ン」


そこで、呼びかけてくる声があった。

彼女のほうを向いてもよいものか、と思ったけれど。
声のトーンに何となく訴えかけてくるものがあったので、ゆっくりと体を起こして。

「眠れないのか?」

隣の布団で横になっているレッドのほうを見ながら、そう問い掛けてみる。
さっきまであんなに眠たそうにしていたのだからすぐ眠りに落ちるかと思っていたのだけれど。
レッドは意外としっかりと目を開けたまま、こちらを見つめていた。
さきほどと同じような構図。
やはり今日の彼女はいつも以上に、大人っぽい。
そのせいだろうか。



「…そっち、行ってもいい?」



そう尋ねてきた少女を。
何の躊躇いもなく、受け入れることが出来たのは。



細くなる瞳も、込み上げてくる笑みも隠さないまま。
おいで、と小さく声を掛ければレッドはゆっくりと起き上がって。
眠たさなのか緊張からなのか、どことなく覚束ない足取りで歩み寄ってくる。
受け入れる意を示すためにこちらからも手を伸ばして。
早くおいでと言わんばかりに、触れた細い腰をそのまま引き寄せた。
開けておいた布団の中へレッドを誘えば、彼女は素直にその空いた隙間に身を寄せて。
その体を丁寧に横たえてから、グリーン自身も布団を掛け直しながら横になる。
自然と向き合う二人の体。
先ほどまでとは比にならないくらいの、近い呼吸。
とろんと、今までとはまた違った意味で嬉しそうに蕩けた瞳。
二人の間に僅かに出来た掛け布団の隙間から、彼女の首筋や。
浴衣が肌蹴た部分から微かに覗く胸元に、己の胸の内がかき乱される音がした。

これ以上は、よくない。

受け入れたのは、そんなところを見て不埒なことを考えるためじゃない。
それ以上意識してはいけないと本能が警鐘を鳴らすから。
湧き出てくる不埒な感情を全てただの純粋な愛おしさに変えるべく、その体を強く抱き締めた。
結果的により一層熱に触れることになってしまったのだけれども、それでも問題ない。
だからもう少し。
もう少しだけ、許して欲しいと。
尚も静かに燻る劣情を自覚しながら、そして抑え込みながら。
髪の毛、頬をするりと撫でて。


それからただ唇を重ねるだけの、そんな軽いキスをした。


「…ん、」
「…好きだ、レッド」
「ぁ、」

そんな風に触れてしまうから。
余計に愛おしさが込み上げて、伝えずにはいられない。
触れた瞬間に奔った電流のような感覚や、衝動も分かってはいるけれど。

「また、一緒に出掛けような」

これからもずっと。

「…う、ん」

だから今は、まだ。


甘い雰囲気に耐えかねたのか、ぎゅっと抱き付いてきたレッドにおやすみ、ともう一度。
甘く低くなる声を止めることもしないまま、耳元で囁いた。
それにレッドは少しくすぐったそうに身を捩ったけれど。
やはり疲れていたのであろう。
そのまますう、と。
あっという間に夢の世界へ落ちて行ってしまった。
それを確認してから。
は、と小さく息を漏らしたグリーンは。


(…あー……くそ、)


危なかったと。

心の中で盛大に、己の欲望とその欲望に打ち勝った己に声を掛けた。
俺のバカヤロウ、でもよくやった俺。
どくどくと、これ以上にないくらいに煩い心音と、ほんの少し熱を持った己の体。
それがレッドに伝わらないように、祈りながら。
眠れないじゃないかなんて、小さく悪態をつきながら。

(…まあ、でも)

抱き寄せたからだの温かさや、柔らかさ。
何より穏やかに、幸せそうに眠るレッドの寝顔を見て。
この上なく幸福を感じるのも事実。
だってこんなにも優しくて、あたたかい。
いとおしい。

「好きなんかじゃ、足りねぇよ…」

もう一度だけ、ぎゅっと強く抱き締め直して。
そのままふわりと。
この上なく幸せそうな笑みを浮かべたグリーンは。
彼女の眠りの表情につられるかのように、彼もまた深い眠りへと落ちて行くのだった。



そうして、来年も。
そのまた来年も。
二人はずっと、色んな地を旅するのだろう。

幸せな予感で満ち溢れた、二人で初めて迎えた夏の一幕。







フルーツ牛乳:200円
(あまくてやさしい、恋の味)







fin.
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