企画用倉庫

□ホラー映画:400円
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「…?」

扇風機の風を浴びながらカバーを開いて。
自分が思っていたのとは違うものが顔を出したものだから、レッドは思わず首を傾げた。

昨日買い物ついでにレンタルショップで借りてきたDVD。
確かレッドは、去年公開されたばかりのアニメ映画を借りたはずだったのに。
透明なケースの中には何やら全く関係のないタイトルが、おどろおどろしい雰囲気と共にディスクのラベルに書かれていた。
そういえばレジの人も、ちゃんと中身を確認していなかったような気がする。
返却期限の書かれたレシートを確認するが、そちらはやはりアニメ映画を借りたことになっているし。
言いに行かなければ。
ファミレスでもゲームセンターでも何でもおかしいと思ったことにはがんがん突っ込みを入れていく親友とは違い、多少の店員のミスは許容するレッドだけれど。
さすがにこれはちょっと困る。
興味のそそられる内容の映画ならまだしも、確かこれは去年辺りに流行ったホラー映画ではなかったかとタイトルから記憶の糸を辿って。

(ホラーは、観ないなぁ…)

苦手というほどでもないが。
やはり観ている時は緊張するし、一人になったときにふと内容を思い出すのが嫌だ。
だから折角だし観てしまえ、という気にはなれない。
せっかく今日は部屋に篭って、ジュースとお菓子で一人アニメ映画鑑賞会を行うつもりだったのに。
とはいえ取り替えてもらいに外に出なければならないのかと思うとそれもまた億劫で。

…明日で、いいかな。

外に出ないと決めていたので、着替えも化粧もしていないレッドさんは。
そんな結論に至ったようで、心持肩を落としながらテレビの電源を落として。
それから何となくもう一度。
透明なケースの、ディスクを眺めて。


「…あ」


ふとあることを思いついたようである。





その夕方。
昼間にメールで連絡を入れた通りの時刻。
しないと決めていた着替えと、簡単な化粧も彼女なりに頑張ってこなして。
食事の準備を終えた頃に鳴った部屋のチャイムに、レッドは体を跳ね上がらせた。
自分から連絡しておいてその反応は何だと言いたいところだが。
やはりそこは、まだまだ慣れないものでして。

わたわたとコンロの火を消して。
慌てて部屋の鍵を内側から外して、扉を開ければ。


「こんばんは」


そこに相変わらずの、笑顔があった。

来てくれた。
その事実にじんわりと温かい気持ちが込み上げてきて、ぽっと顔に集まった熱を見られまいと俯いてしまった。
仕事帰りにそのまま寄ってくれたのか。
スーツ姿に仕事用の鞄と小さめのスーパーの袋をぶら下げてやってきてくれた、グリーン。
こうしてお互いの部屋を行き来するようになって暫く経つというのに、やはり憧れていた人がこんなにも身近にいることに不思議な感覚を抱く。

「こ、こんばんは」
「呼んでくれてありがとな」

まだまだぎこちない喋り方ではあるけれど。
恋人として、少しずつ歩み寄りを始めているレッドとグリーン。
とりあえず上がってと、まだ敬語で喋ろうとする自分に首を振りながら招き入れる。

「着替えなくても、大丈夫?」
「ああ、いいぜ」

少しでも長くレッドといたいからな。

さらりとそんな恥ずかしいことを言ってのけてくれた隣人に、溜まらずレッドは再び俯いて。
ずるいなぁと思いながら出来立ての料理を盛り付けるためにキッチンへ立つのであった。



食事を終えて。
グリーンがお土産に買って来てくれたデザートを冷蔵庫から引っ張り出してくる頃に、本題を切り出すことにした。

「あれ、これって…」
「グリーン、は。見たことある?」

片付けたテーブルの上に置いたのは、間違えて借りてしまったDVD。
ホラー映画。
もちろんつい数時間前のレッドは、観るつもりなど全くなかったのだが。
普段一人ならば決して観ないそれも、グリーンと一緒なら観られるんじゃないかと思ったのだ。
それに、と。
夏の始まり頃に、親友が電話越しに語っていたことを思い出す。


『夏なんだし。あんたたちはお化け屋敷にでも行って来なさい』


ただでさえ何かしらのハプニングがないと、接近しないんだから。

もどかしい、と言わんばかりにぶつぶつと呟いた彼女。
夏なんだしという意味が分かるような分からないような提案である。
まあレッドが引きこもり予備軍であることをよくよく知っている彼女だからこそ、あえてアウトドア系は避けたというのは想像できた。
更にお化け屋敷が絶好のお近づきスポットであることを色んな言葉であれやこれやと説明されてしまっては、やるしかないというもので。
しかしお化け屋敷だけの施設なんてこの辺りにはないし。
かといってそれのために遊園地へ誘うなんて恥ずかしいし…と、実は少し前から悩んでいたことだったのだ。
そこでふと湧いて出た、お化け屋敷に代わる何か。
ちょっと怖い、何か。
お出かけのお誘いはまだまだしにくいけれど。
部屋へ招くことは、最近は出来るようになったから。
ちょっと意味合いは違うけれど、これはこれでいけるかもしれないと思ったので。
(もちろん親友が聞いたら、また呆れられそうな発想ではあったけれど)

「いや。でもこれって結構怖いって有名なやつだよな」
「…よかったら、でいいんだけど……一緒に観ない?」

そう持ちかけてみた。
するといいぜ、と案外すんなり応じてくれたグリーン。
それにほっと一安心して、それじゃあと観賞の準備を始める。

「レッドはこういうの好きなのか?」
「ううん…普段はあまり、観ない」

です。
もにょりと語尾に敬語がついてしまうのは癖だ。
もちろん向こうは分かるはずもないのだけれど、こちらの意図や親友との会話を悟られたくなくて、つい緊張する体。
じゃあ何で借りようと思ったんだ、なんて聞かれる前に相手に背を向けて。
ぎくしゃくとぎこちない動きでディスクをセットするとそのまま再生ボタンを押した。
愛用のローテーブルにデザートとお菓子と、ジュースを置いて。
まあ気楽に観ようじゃないか、なんてお互いに言い合いながら。
双方がちゃんとテレビの真正面から観られるようにと、さり気なく隣り合って床に腰掛けて。
おどろおどろしい雰囲気と共に始まったそれへ、意識を集中させることにする。



…内容自体はまあ、典型的な洋物のホラー映画だったのだが。
やはりホラーには、どうにもえげつないシーンがつきものらしく。

「うお」
「っ、!」

久しぶりに見たホラー映画は、痛い。
何というか、怖いというより、痛い。
切羽詰ったBGMと共に聞こえる女性の悲鳴やら激しい物音。
チェーンソーの音が響く。
そしてそれの餌食になる可哀相な被害者。だから痛い。
襲われた瞬間に突然大きくなるBGMもどうにかして欲しい。分かっているけど心臓に悪い。
幽霊とかそういうのはわりと平気で見られる自信があったけれど、こういうのは頂けない。
どっどっと煩い音を立てる心臓を落ち着かせるために、レッドはぎゅうっと己の手を握り締める。

「結構痛々しいシーンが多いけど…大丈夫か?」
「う、うん…」

心配してくれるグリーンに申し訳なさを感じながら、気分を落ち着かせるためにテーブルの上のグラスに手をかける。
ちびちびと飲むと、少しずつ冷静さを取り戻していくような気がした。
そして仕切りなおしと言わんばかりに少し体勢を変えて座り直す。
映画の中では尚も、主人公たちと怪奇現象とやらのまがまがしいやりとりが継続されていた。
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