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□ホラー映画:400円
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「っ、」

襲撃。

「!」

襲撃。

「っ、〜〜…」

襲撃。

とても痛いシーンが続く。
どうしてこんなのが流行るんだと声を大にして主張したい。
黄色くて可愛い鼠のキャラクターが縦横無尽にスクリーンを駆け巡るアニメ映画のほうが断然いい。
いつの間にか真面目に鑑賞していたせいで、当初の目的が何だったのかすら忘れた状態でレッドはそんなことを考えた。
考えていたから、気付かなかった。

あまりの痛々しさに、無意識に縋るものを求めていた彼女が。
己の手を握るだけじゃ物足りず。
段々と横へ、横へと。
体を傾けていたことを。

「…」
「!、う…」
「……」

依然として続けられる痛々しいシーンに、己の体を無意識に庇いながら。
縋るように。
手を伸ばした、先は。

「…レッドさん…」



わざと、やってますか。



聞こえてきたのは心持固く感じる、グリーンの声。
わざと?
何を?
と思って彼のほうへ視線を向ける。
そこで初めて、やけに声が近いななんてことに気が付いて。

「、え」

同じくやけに近い距離で、どこか気まずそうにこちらを見つめている彼の顔が視界に飛び込んできたものだから。
思わず息を呑む。
そしてようやく現状を理解する。

きゅっと。
無意識に隣に座るグリーンの、ワイシャツの裾を掴んでいた。
先ほどまで少し離れて座っていたはずの二人の距離は、いまや隙間があるかないかの微妙なラインまで近付いているし。
テーブルに置かれているグラスなどの位置から見て、どうやら移動しているのは自分だけらしいし。
つまり、無意識に。

隣のグリーンさんに擦り寄るような行動を、起こしてしまっていたわけで。

己の行動を省みて。
忘れ切っていた本来の目標よりも、遥かに前段階の状態なのに。
これだけの距離と己の行動に、映画の内容なんて吹き飛んでしまうくらいの恥ずかしさが、込み上げてきて。
ばふんと一気に熱を持った体と頬。
混乱する思考。

「わ、ぅ、その…」

違うんです、と。
告げようと思うのに上手くいかない。
離れなければと思うのに動かない。
どこか困り顔のグリーンは、「無意識かよ…」と呟きながらレッドが触れているのとは反対側の手で頭をかくと。

「〜〜っ、ああくそ、可愛いな!ちくしょう!」
「!」

がばりと。
これでもかと言うくらいの力で抱き締められて。
不意に回された腕とより一層近くなったグリーンの匂いや温かさに、先ほどまでとは別の意味で体を跳ね上がらせるレッド。

「あ、あ、あの」
「可愛い、レッドさんマジ可愛い」

好きだ。

何が起こっているのかと混乱している隙を狙って、発せられた何度目かの愛の告白。
どうやらグリーンさんは何かしらに感極まっているご様子で。
その言葉を受けて今にも爆発しそうな脳内と真っ赤な顔で制止するこちらのことなどお構いなく、ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる。
レッドが腕の中でおろおろしている間にも、何事か甘い言葉を発するグリーンは腕の力を緩めるつもりなど毛頭ないようで。
せっかく途中まで真面目に観ていた映画は、二人の世界に入ってしまった彼女たちを置いて話を進めていく。
誰も止める人はいないのですか、と。
叫びたくなるようなこの状況。
そのままグリーンがさらりと片手でレッドの髪を撫でて。
くすぐったい感触にレッドがぴくりと体を跳ね上がらせていると、その手はそこから流れるようにするりと頬に触れてきて。
徐にぐいっと上を向かされる。
どこか切羽詰ったような、それでも嬉しそうに瞳を輝かせている、頬を真っ赤に染めたグリーンが目の前にいた。
それにしても、何でこんなに近いんだろう。
行動の意味を理解する前の段階のレッドがそんなことを考えている間に。
より一層彼の顔が近付いてこようと、して。



きゃあああああ、と。



「「!!」」

この度一番の悲鳴が、テレビから聞こえてきた。
びくりと体を跳ね上がらせて、お互いしか見えていなかった二人はあっという間に現実へと戻される。
相変わらずのけたたましい音楽とは裏腹に、静まり返る現実世界。
ぽかんと、二人揃って至近距離で見詰め合っていたけれど。
だんだんと。
お互いにスローモーションのようにじわじわっと赤く染まっていく頬。



「っ、あ、あの…!いやそのっ、悪いってかすみません!ごめんなさい!」



そして先に動いたのはグリーンだった。
慌てた様子で飛び跳ねるようにこちらから距離を取ると、うわあと何かに絶望するかのように頭を抱え始めて。
そんな様子を、尚も動けなくてどこか惚けたように眺めているレッドは。

「う、だ、大丈夫、です…?」

何が大丈夫なのかよく分からないけれど、とりあえずそう答えることにした。
そして、不意に親友の言葉を改めて思い出して。

「と、ととととりあえず観よう!な!せっかくだし最後までさ!」
「う、うん…!」

ハプニングというのはこういうものでもいいのかと。
だったら、これはこれで成功なのかもしれないと。
今なお強く残る彼の腕の力強さや、感触や匂いを感じながら。
そして先ほどまでとは全く違う意味でどきどきと脈打つ心臓の音を聞きながら、レッドはほうと小さくため息を漏らしたのだった。







ホラー映画:400円
(もどかしいひとときを、あなたに)






がたーんっ。

「っ!」
(っだからレッドさん、近い…!)

再び距離を取って座ったはずなのに、びっくりする度にまた段々と縋るように擦り寄ってくるレッドの体温に。
元から映画の内容なんて殆ど頭に入っていなかったグリーンは、そう胸の中で叫んでいたとか。

fin.
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