企画用倉庫

□焼きそば:500円
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すぐ近くのような、遠いような。
そんな場所から祭囃子が聞こえて来る。
懐かしい旋律。
会場の中心からは少し離れた場所にある、地元民のみぞ知る穴場スポット。
そこのちょうどいい位置にレジャーシートを敷いて、二人で横に並んで腰掛けた。
屋台で調達してきた食べ物もいい感じに揃っているし。
とりあえずここまでは無事にエスコート出来ただろうか、なんてグリーンはほうと小さく安堵の息を漏らした。
対するレッドも「いい場所取れたね」と、人気もそこそこくらいの落ち着いた場所に満足そうで。

「グリーン、何食べる?」
「あ…えーっと。まずは焼きそば、かな」

問い掛けに答えると、レッドはいそいそとビニール袋に入ったその容器を取り出してくれる。
さり気ない気遣いに感動を覚えつつも、まだまだ至らないことだらけだと気付いた瞬間だった。
今更挽回のしようもないので、さんきゅとまだ少し無愛想になってしまう声でお礼を言いながらそれを受け取る。
レジャーシートの上に、丁寧に横座りする浴衣姿は少し不釣合いだったけれど。
そんなことは関係なしに見惚れてしまう。
あまり考えたことはなかったけれど、大和撫子というのはまさにレッドのことを言うんじゃないだろうか。
(もちろん、そんな言葉で形容しなくともレッドは十分に可愛いのだが)

「グリーン?」
「え」
「どうか、した?」

どうやら視線に気付かれてしまったらしい。
グリーンが、自分で思っている以上に熱い眼差しで彼女を見つめてしまっていたことなど考えもせず。
ただ問い掛けられて焦る己を、慌てて誤魔化す。

「何でもねぇよ…」

そう?となおも不思議そうに首を傾げながらこちらを見つめてくるレッド。
薄暗い中、祭り用の提灯の仄かな明りに照らされている彼女の姿は、もう何をとってもグリーンの心をかき乱すものでしかなくて。
見ていられないとばかりにふいと目線を正面に戻して、レッドから受け取った、パックに入った焼きそばを豪快にかき込んだ。
海岸通に平行するようにある並木道。
多くの人は堤防の上を陣取るように座っているけれど、グリーンはここからの眺めが一番好きだった。
だってここは、かつて毎年のようにグリーンとレッドの家族が一緒になって訪れていた場所だから。

「…あ」

無理やり放り込んだ焼きそばを乱暴に咀嚼していると、唐突にレッドが小さな声を上げた。
何だと思って、無意識に顔を彼女のほうへ向けてしまう。
すると。

「ソースついてる」

ぐい、と。
伸びてきたレッドの腕が。
いつの間にかハンカチを握り締めていたレッドの手が。
グリーンの口元についていたらしい焼きそばのソースを、拭いに来て。

「な、〜〜っ!!」

声にならない悲鳴が出た。
咄嗟に体を仰け反らせようとするのだが、もう片方の手でがっしりと顔をホールドされているものだからそれも出来なくて。
ただ真正面に迫った、こちらの顔を覗きこむようにしながら口元を拭ってくれる恋人の顔をきょどきょどと視線を逸らしつつ見つめることしか出来ない。
嬉しい。
嬉しいのは、うれしい。
だけれども何より恥ずかしいし、情けない。
いい年した男が口を拭いてもらうってどうなんだ。
普通これは、男が女の子の口元についたそれを拭ってやるものじゃないのか。
「付いてるぜ」と言いながら、ぺろりと舌で舐め取ってやるとなお宜しい。
だってこれじゃあ、寧ろ。

(小さい子供とその母親じゃねーか!)

見た目はともあれ、動作は全くそんな感じ。
甲斐甲斐しく世話をしてくれるのは嬉しい。
だけどこんな小さな所作ですら、グリーンは間違った方向に捉えてしまう。

「取れた」

ハンカチと手が離れる。
満足そうに微笑んだレッドは、本当に可愛い。
だけどそこに恥じらいがあるようには見えない。
グリーンはこんな些細なことにすら頬が赤くなるのを止められないのに。
この差は何だ。
どこで隔てられた。

(もしかして、意識してるのは俺だけか…?)

あまりにも悲しい考えに、項垂れてしまうのは仕方のないことで。
俯いてしまったグリーンを再び不思議そうに見つめるレッド。

「グリーン…どうかした?」

そんな風に見つめられてはたまらない。

「レッドは、…」
「?」

口を開きかけて、閉じる。
小さい声を聞き漏らすまいとしたのか、レッドがいよいよこちらの顔を覗き込んで来る。
その僅かに変化した距離にまた体が緊張してしまう。

「………何でもない」

そしてまた、ほら。
色んなものを飲み込んで。
言いたいことすら言えずに。
聞きたいことも聞けずに。
開幕のアナウンスが響く。
始めのご挨拶、とばかりに空に眩い光の花が連続で咲いていく。
周囲からは歓声。
それをきっかけにレッドが微妙に離れたのが気配で分かった。
グリーンは黙ってその光が、地上から空に上るのを辿りながら顔を上げていく。
眩い光と臓器にまで響き渡るような火薬の弾ける音。

「…綺麗、だね」
「…おう」

隣へ顔を向けられない。
レッドもこちらの様子がおかしいことには気付いているらしく、それ以上は何も言って来なかった。
大型の打ち上げ花火が連続的に空に咲いていく。
だから視覚はそちらに集中していたし、思考はもやもやしたものに支配されていたグリーンだから。
隣で微かに動きがあったことにも気付かない。
そして不意に。

体を支えるようにレジャーシートについていた右手が感じ取った、熱。

それが何なのかすら一瞬理解が追いつかなかった。
え、と思って横へ目線を向けるとそこにあったのは己の手に重ねられたレッドの、白くて綺麗な手。
気が付けばすぐそこにレッドがいた。
綺麗だねと言っていた花火も見ずに、目線を地面に落として。
さっきまでの微笑とは打って変わって、どことなく困ったように眉を寄せている彼女。

「、」

ほんのりと頬が色づいているように見えるのは、空に輝く光のせいなのか。
ああ。

(やられた)

その瞬間。
グリーンの中に渦巻いていた色んなものが、跡形もなく吹き飛ばされていった。

いつだってそうだ。
一年前のあの時に、全てのきっかけを作ってくれたのはレッドだった。
そして想いを通わせてから初めて、優しく手を握ってくれたのもレッド。
待ってるだけじゃ駄目だと、自分から動くんだと決意した彼女の瞳。
もやもやを吹き飛ばしてくれるのはいつだって彼女だ。
ずっと見ていると。
そう約束したはずなのに。
自分は何をしているんだと。

(俺の、大馬鹿野郎…!)

いくら年上だからって。
気心の知れた相手だからって。
恥ずかしくない訳が、ないのに。
手を繋ぐということにどれほどの勇気が必要か、自分でも分かっていたはずなのに。

「レッド」
「、あ…の。嫌、だったら。離れるから」
「嫌なわけないだろ」
「でも、グリーン元気ないみたいだし。やっぱり勉強で疲れてるのに、僕だけお祭り気分で浮かれてるんじゃないかって…」

大音量の花火の中でも、レッドの声はよく聞こえる。
己の行動を反省するかのような、どこかしょんぼりとした声だ。
不謹慎ながらにもそれが可愛くて、嬉しい。
だって、好きなんだ。
大好きなんだ。
十数年越しの恋だ。
好きすぎてどうやって触れたらいいか分からない、なんて。
手と手が触れ合うだけで、さっきまでの暗い気持ちなんて全部吹き飛んで。
こちらを想う嬉しい言葉を聞けただけで、叫び出したいくらいに幸せな気持ちになるなんて。
エアコンの効いた教室で下世話な会話をしていた彼らには分かりもしないだろう。

「…俺だって、浮かれてる」

唐突に重ねられた手を逆に掴みとって、強く握り締める。
小さい頃とは違って、いつの間にかグリーンの手にすっぽりと収まるようになってしまった柔らかい掌。
思い切って顔をしっかりと彼女のほうへ向ければ、不意をつかれたせいか顔を真っ赤にして目を丸くしているレッドの姿が。
その反応にまた、込み上がってくる気持ちが抑えきれない。
可愛い。
愛しい。

「レッドと一緒にいられて、すっげー嬉しい」

そうして先ほどとはまるで逆のように、繋いでいる手とは反対の手でその柔らかい頬に触れて。
引き寄せる。
近付けていく。
それからどちらともなく、ゆっくりと瞳を閉じて。



ゆっくりと。
唇同士を、触れ合わせた。



どおん、と遠くで響く花火の音。
それに混じって聞こえる歓声。
一瞬夜空に咲いたその花が、散り散りになって消えるまで。
二人は息を止めたままの、ぎこちない初めてのキスをしていた。







焼きそば:500円
(不器用な二人らしい選択)








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