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□ミネラルウォーター:120円
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「おっと、そろそろこんな時間か。ほらファイア君、おじさんへの挨拶もいいけどそろそろ戻ってねー」
「…はい」

そこでふとプールサイドの金網に掛けられた時計を見たカスミ先生が、開始時刻に気付いて。
自分のクラスの子であるファイアに声を掛けて、その手を取った。
(さりげなくおじさんを強調されたことには気付かないふりをしておいた)
ファイアは少し残念そうにしていたがそれでも先生の呼びかけにこくん、と素直に頷いた。
それに合わせてレッド先生も移動しなければと気付いたらしい。

「あ、じゃあ…今日はよろしくお願いします」
「は、はい!こちらこそ!」

びしっと背筋が伸びた気分だった。
曲がりなりにもリーフの保護者として参加しているのだ。きちんとリーフを見ておかねば。
少し忘れかけていた本来の目的をしっかりと呼び戻したグリーンは、それでもなおカスミ先生たちと並んで歩いていくレッド先生の後姿に見惚れていた訳だけど。




「レッドー?」
「…なに、その顔」

楽しそうなカスミの声に、レッドは何となく嫌な予感がした。
それでも反射的に聞き返すとやっぱり返って来たのはあの人絡みのことで。

「あんた、嫉妬したでしょ」
「!」

何に、とは言われてはいないけど、それが誰関係のことなのかくらいは分かる。
そんなことはとすぐに言い返そうとしたのに、上手く言葉が紡げない。
カスミを挟んで反対側をぽてぽてと歩いている従弟が不思議そうに顔を出してこちらを見ていた。

「…なんで、そう思うの」
「そりゃあ見てたら分かるわよ。遠くからじーっとこっちのほう見てるんだから」

自分はそんなにも熱心に二人のやりとりを見ていたのだろうか。
察しのいい同僚だと常々思っているが、それでもしっかり気付かれていたという事実に体中の温度が上がる。
そんな自分を他所に、嫉妬したんでしょ、ともう一度意地悪く問い掛けては顔を覗き込んで来るカスミ。
酷いなぁと思いながらも、それでもぽろりと本音を零してしまおうと思えるくらいには、信用に足る人物だと理解している。
だからこそ。

「やっぱりグリーンさん、も。男の人だし…カスミみたいなスタイルのいい人に見惚れちゃうよね」

ほんの少し。いや大分。
カスミとあの人が二人で楽しそうに会話をしていた時に。
あの人が恥ずかしそうにカスミと向き合っているのを知った時に。
ちくりと痛んだ胸の本音が、素直に口から漏れた。

カスミの健康的な肉体美はレッド自身も見惚れるほど。
対するレッドはというと、グラマーとはお世辞にもいえないし。
同僚のような健康的なものでもない。どちらかというと貧相でどこか不健康そうな部類だ。
今更自分の体格をどうこうしたいとは言わない。
だけど相手があの人なら、仕方ないじゃないか。
だってあの人は。
グリーンさん、は。

「んーあんたってほんっと、可愛いわねぇ」
「え、わっ?」

不意に肩を寄せられてぎゅうっと片腕で抱き締められる。
ついでにその状態のままわしわしと頭を撫でられたのは何が原因だったのだろう。



(自分に纏わりついてた不埒な視線に気付いてないって辺りがもう、この子らしいわよね…)

そもそもカスミと会話していた時にグリーンが顔を真っ赤にしていたのも、彼の今日の目的をずばりと言い当てたからであって。
グリーンの脳内は最初からレッド尽くしであることにも気付いていない張本人は、成すがままに頭を撫でられ続けていた。





ああ、平和だなあ。
夏だなあ。
じりじりと熱気を放つプールサイド。
みんみんとせわしなくそこかしこで響く蝉の声。
その中に水しぶきの音と、子供たちの弾けるはしゃぎ声。
そしてその中心にいる水着姿のレッド先生。
隣から聞こえるママさん方の会話は右から左に受け流して、グリーンはただひたすら目の前の情景に見入っていた。
(もちろん受け答えするところはちゃんと答えている。愛想のよさは一家共通だ)

今現在園児たちが楽しんでいるのは宝探しゲーム。
先生たちがプール内に投げ入れたおもちゃの宝石を潜って取る遊びだ。
取った分はそのまま貰えるとあって、各々一生懸命に潜っている。
リーフもファイアも既に何個かずつ手に入れているようだったが、もっともっとと探し回っている。どうやら数を競っているらしい。

「はい、そこまでー!」

がらんがらん、とプールサイドに上がったカスミ先生が手持ちの鐘を鳴らす。
まだ上がりたくないと渋りそうな子供たちだって、怒ると怖いカスミ先生の呼びかけには素直に応じる。
興奮冷めやらぬ様子のまま陸に上がって、そのまま休憩時間となった。
どうやら水分補給も兼ねているらしく、園児たちは各々水筒を持って待ち構えているママさんに小走りで向かっていく。
プールサイドは走らない!とカスミ先生が叫んでいるのが聞こえた。

「ぐりーん、みてみろよほら!いっぱいとれたぞ!」
「お、たくさん取ったな。やるじゃねーか」

全身からぽたぽたと水滴を落としているリーフが、収穫物を見せながら近寄ってくる。
水に濡れたせいか、やけにきらきらと輝く作り物の宝石は本当に宝物のようだ。
姉から託された水筒を引っ張り出しながらその成果を褒めると、甥は誇らしげにえへへと笑って。

「ふぁいあときょうそうした!おれがかった!」
「へえ、そうなのか?」

どうやら知らぬ間に結果発表を終えていたらしい。
リーフの手元には四つ。それだけ取れたら上等だろう。
差し出したお茶を美味しそうにこくこくと飲み干す甥の姿を見て、俺も後で貰おうかなと思いながら。
せっかくだし、もし一つも取れてない子がいたらその子にも分けてやれよと言おうとした。
だがててて、とファイアがこちらに歩み寄ってくるのが見えて、ふと意識をそちらに向ける。

「お?ファイア、どうした」
「なんだよふぁいあ!いまさらなにいっても、まけいぬのとーぼえにしかならないんだぞ!」

ちょっと物言いが偉そうなのは、きっとファイアに勝ててとても嬉しかったからなのだろう。
いつもと変わらない無表情で、リーフではなくグリーンを真っ直ぐ見つめてくるファイア。
何か言いたいことがあるのだろうかと顔を覗きこむ。
するとファイアは、すいっと。
無言のまま右手を差し出してきた。
小さな紅葉のような手のひらをじっと凝視すると、その上にはリーフが持っているのとは色が違う、半透明のおもちゃの石が。

「…くれるのか?」

ひょっとしてと思い当たり尋ねてみると、ファイアはこくんと大きく頷いた。

「えっと…でも、いいのか。お前の分減っちまうぞ」
「…べつに、いい」

その年頃にしては珍しい、ほどこしの精神。
しかもまさかわざわざ俺にくれるとは。
レッド先生ならともかく、ほんの数回遊んだだけの人間に自分で取った宝物を差し出してくれるなんて。
そんなファイアの優しさにじんわりと込み上げてくるものがあった。

「ありがとな」

その小さな手から、彼が一生懸命取ったのであろう宝石を受け取って。
「ファイアは優しいな」とぐりぐり撫で回す。
撫でられながら嬉しそうに頬を染めるファイアに、ああ可愛いなやっぱり俺も子供欲しいななんて思考を飛ばしていると。

「…ん?」

何やらその様子をじっと見ている存在が。

視線にようやっと気付いたグリーンが、そちらへ目を向けると。
きゅっと唇を真一文字に結んで。

(うおっ)

この世の終わりを見ているかのような、絶望した表情で甥がこちらを見ていた。

「ど、どうしたリーフ」
「…からな」
「へ?」
「だ、だめなんだからな!」

そうして沈黙を破ったリーフが、くわっと一気に噛み付かんばかりの勢いで叫ぶ。

「ふぁいあはおれの「らいばる」なんだぞ!ぐりーんでも、ぜったいにだめなんだからな!」

おれだってぐりーんにやろうとおもってたけど、もうやらない!
そんな言葉と共にぐいっとファイアの手を掴んで走り出したリーフに、遠くからカスミ先生のお叱りの声が飛んでくる。

(……あ、そういうことね)

そして時間差で理解した。
ころんと掌に転がった、プラスチック製の幼稚な作りの宝石を手に、幼い甥の幼い可愛らしいヤキモチに笑みを浮かべる。
つくづくあの二人は仲がいいんだなと一人で頷いて。


「…あの」

それから不意に横から聞こえてきた声に、緩んでいた背筋と表情筋が一気に引き締まる。

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