企画用倉庫

□天然プラネタリウム:
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「もらった!」
「へ、わ、うわあああっ!」

その猛攻に気付いたときにはもう遅い。
後輩の悲鳴、その後にべちんという鈍い音が空高くまで響いた。
一部始終を見ていた女子がからからと可愛らしい笑い声を上げる。
何してるのと書記の子が一番楽しそうに、ビニール製のボールを見事に顔面キャッチした少年に呼びかける。

「だ、だって会長、わざと狙って…!」
「わざとだろうが何だろうが、受けきれないお前が悪い。さーて残りワンセット!」

若干涙目になっている会計係の後輩が、容赦ないアタックの出先である向かいのコートへ声を投げ掛ける。
それを聞いた張本人である生徒会長様はさも楽しそうに意地悪そうな笑みを浮かべて。

「忘れてないよな。負けたら晩飯の席で公開女装だぞ!」

現実を無慈悲に突きつけながら、サーブのためのトスを始めた。
ひえええ、と絶望的な悲鳴を上げる後輩などなんのその。

「大丈夫だよー私たちがうんと可愛くお化粧してあげるから!」
「何がどう大丈夫なのそれ!?」

周囲揃ってその残酷な現実を更に知らしめるのであった。





遊び好きでノリのよい生徒会なのだから、夏休みだってただ会議や次学期の準備をするだけで終わる訳がない。
我らがリーダーこと生徒会長、グリーンの一声で決行された合宿。
ちゃっかり顧問の了解を得て公認の「遊び」となった(もちろん会議などの名目もあってこそ、なのだが)この海辺近くのコテージを借りての二泊三日の旅。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、気が付けばもう二日目の夜。
案の定昼間のビーチバレー大会で負けてしまった苦労性の後輩は、それこそレッドを除く女子全員のおもちゃと化して。
何やかんやと涙が出るほど笑える楽しい時を過ごして迎えた、最後の夜。
まだまだ寝ないでお話するんです、と息巻いていた書記の子や他の皆はすっかり夢の中。
そんな中でレッドは、一人ヘッドライトの明りを頼りに先ほど部屋に備え付けの簡易キッチンで温めたミルクを飲んでいた。

こうして眠れていないのは、まだ気分が高揚しているからなのだろうか。
まるで夢のようなひと時を過ごした。
今までのレッドの人生で、ここまで誰かと一緒にいることが楽しいと思ったのはいつぶりだろう。
そして団体行動の中の時々に感じる、彼の視線や動作。
もちろん常に皆と一緒だから、二人だけの時間なんて殆どないようなものだったけれど。
例えば、視線が合ったとき。
晩御飯のカレーを作る時に、準備をさり気なく手伝ってくれたとき。
さりげなく優しい言葉を掛けてくれたとき。

きゅう、と。

一つ一つを思い出すだけで、胸が締め付けられて、温かくなる。
だって、仕方ない。
相手はあのグリーンなのだから。
長い長いすれ違いの果てに、分かり合えた二人だから。
そんな些細な接触だって、嬉しくなってしまうのだ。
もちろん欲を言えばもっとたくさん、この合宿中に二人だけで話してみたかったけれど。
それは明日からでも出来るから。
今は皆とのやりとりを大事にしよう。

(…でも)

ちらり、と。
扉へと視線を向ける。
もしかしたら眠れないのはこれが一番の原因なのかもしれない。
どうしても、考えてしまうのだ。

(まだ起きてる…かな)

男子たちの寝所は一階だ。
騒がしい声が聞こえて来ないので、この分だと男子たちも皆寝てしまっているだろう。
外からの虫の声しか聞こえない、しんと静まり返った世界。

それでもレッドが眠れないのは、予感があったからなのだろうか。



こつん、と。
窓に何かが当たったような気がした。



「…?」

一度だけなら気のせいだとも思えたけれど。
そこから更に畳み掛けるように、こつん、と。
目立たず気付かせるための絶妙な大きさの音が、窓を叩く。
横で眠りについている後輩を起こさないように配慮しながら、まるで導かれるように。
ゆっくりとカーテンを開けて、その下へ目線を向ける。

(あ)

やっぱり、と思ってしまったのは何故だろう。

コテージを出てすぐの、舗装された道。
そこに立って、真っ直ぐにこの部屋を見上げていたのは、グリーンだった。
レッドが顔を出したことに満足したのか彼は嬉しそうに笑みを浮かべると。

おりてこいよ。

口の動きだけで、そんなロマンチックなお誘いをして来るのであった。





「普通に部屋ノックしてくれたら、よかったのに…」
「それじゃあ他の奴らが起きるかもしれないだろ。それにこういうのはムードだムード」

グリーンのその言葉になにそれ、と小さく笑いながらも、心臓はどきどきと煩くて仕方ない。
だってこの旅行に来てからこんな風に二人っきりになったのはこれが初めてなのだから。
もちろんもっとお話できたらいいなと思ってはいたけれど。
夜に二人だけで宿を抜け出す、なんて。
それこそ秘密の逢瀬をしているみたいで。

ただ舗装された道をてくてくと歩いていくだけの、何と言うことはない行為。
だけどこうして二人で並んで歩いていくだけで、夜の暗闇も柔らかいものに感じられるから不思議だ。

「…どこ行くの?」
「んー、もうちょっと」

いつものように皆と騒いでわいわいとはしゃぎ回るのではない、少し大人しいグリーン。
誰が聞いている訳でもないのに、声の大きさも小さくするものだから、それはやけに大人っぽくて優しいものに聞こえた。
彼が居心地の良い沈黙に身を任せながら、まるで目的があるように先へと導いてくれていることに気付いたのは少し歩いてからだ。
ただ話をするだけならこれだけでも十分な長さを歩いたはず。
だったらまだ、彼には何かやりたいことがあるのだろう。
そんなところを勘付いてしまえる辺りがさすがのレッドであるが、本人はそんなことなど露にも思っていない。
だからそんな、黙ってついて来てくれる彼女を見て、グリーンが小さく優しい笑みを浮かべたことにも気付かない。

そうしているうちに、目的地に辿り着いたらしい。
昼間に散々遊んだ海とは全く反対側の、森の中。
少し開けたその地は丁度木々の隙間から月明かりが差し込んでいて。
それに誘われるように顔を上げると。

「、」

まるで飲み込まれてしまいそうな、綺麗な星空。
空がとても低く感じて、手が届きそうで。
いつも自分たちが帰り道に見ている星空だって、それなりに綺麗に見えていると思っていたけれど。
自然の中で見る星空はまた格別だった。

「いい場所だろ」

昨日見つけておいたんだぜ、と。
やっぱり少し得意そうに笑ったグリーンはそのまま地面に腰を下ろす。
レッドもそれに倣ってゆっくりと座る。
視線は相変わらず空へと向いたままだ。

「きれい…」

そうして漸く感想が口から出てくる。
きらきらと瞬く星たち。
さわ、と夜の少しだけ冷たい風が木々の隙間から流れてくる。
その風が頬や体を優しく撫でていく。
風に載せられて感じる土や木の匂いも、レッドが幼い頃から好きなものと同じ。
隣のグリーンと、一緒に過ごした日々と、同じ。
自然の中だからというのはもちろんだけど。
やっぱりこんなにもこの風景が愛おしいと思うのは、隣に大好きな人がいるからこそなのだろう。
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