企画用倉庫

□さんたくろーすあげいん!
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一位のひとたち(保育園)



ちらほらと細かな雪が降り続く、静かな冬の朝。
だがこの保育園にとって長閑な朝など無縁なもの。
特に今日は、いつも以上に皆が浮き足立っているものだから。

「あーもうっ!鍵を開けた途端にこれよ!」

特設会場のお遊戯室にいたずらで侵入してきた早入り園児たちがいたのだろう。
引っ張られたせいかぶっちんと千切れてしまった大量の折り紙製のわっか飾りを抱えながらカスミが職員室に戻って来た。
何しろ遊びたい盛りの幼児が沢山いるのだから、おもちゃや施設の一部が壊れるなど日常茶飯事。
だから普段は園内の細かい破壊痕を気にしないタイプのカスミも、さすがにパーティ開始前にお飾りを破壊されるのは頂けなかったようだ。

何しろ今日はクリスマスパーティ。
園児たち皆が待ち望んでいた大イベント。
職員たち総出で昨日の夜遅くまで準備に励んでいたのだ。
せめて開始する時くらいまではその状態をキープしたいと思うのは道理だろう。

何やかんやと言いながら糊と折り紙と鋏を取り出し始めるカスミ。
(もちろん寒いからという理由でストーブの前を占領している)
その傍らではレッドが配布するプレゼントの数の最終チェックを行っていた。
はずなのだが。

「ねえレッド。そっち終わったらこっちも手伝ってよ……って。レッド?」

どうにも先ほどから手が動いていない。
不思議に思ったカスミが同僚へ目を向けると、どうやら何やらうわのそら。
ラッピングされたお菓子の袋詰めを一袋手に取ったまま、ぼんやりと。
窓の外の風景を眺めているようで、眺めていないようで。
朝からそんな調子の同僚。
もちろんカスミには心当たりがあった。
というかそれしか原因が思い浮かばない。
何しろ昨日横に並んで若干の距離を取りながら帰る、見るだけでもどかしい大人二名の後ろ姿を見送ったばかりだ。

(送りオオカミ…はまあ、ないとして)

ないない、と。
ある意味とてつもなく失礼ではあるのだが、正しい答えを導き出していくカスミ。
送りオオカミに気をつけなさい、とからかい半分で言うと顔を真っ赤にして否定したのは男のほうだ。当然だ。
目の前の可愛い同僚がそんな意味を理解できるはずがない。
とにかくこの様子から昨日の夜、もちろんレッドとその想い人が二人で帰った時に何かがあったことくらいは容易に想像がつく訳で。
人知れずにやりと笑みを浮かべる。

「レッドせんせーい」
「!」

少し大きめに呼びかけると、びっくりしたように体を跳ね上がらせたレッド。
続いてカスミが「どうしたんですー?」と楽しそうに畳み掛けると、漸く現実に返って来たらしい彼女は自分の名前と同じくらい頬を真っ赤に染めて。
そんな分かりやすい反応をするものだから、これはもう確かめるしかないだろう。
だから単刀直入に。

「誘われたんでしょ」
「な、なに…に」
「しらばっくれるんじゃないわよー。デートよ、クリスマスで、え、と!」

デートの部分を強調して言った途端に、言葉を詰まらせて先ほどまでとは別の意味で固まってしまったレッド。

「当たり?」
「っ、そ、そんなんじゃ…」
「ないの?」

畳み掛けるように問い掛ける。
そうするとレッドは更に顔を赤くして気まずそうに俯いてしまった。
だが誰かに報告したい、という気持ちは少なからずあったらしい。
暫くしてぽそりと口を開くレッド。

「……一緒に、ご飯食べに行きませんか、って」

そしてカスミはその報告に、まあまあと言ったところねなんて内心あの男性への採点を行った。
正直な気持ちとしてはさっさと告白すればいいのにとも思うのだが、これはこれで楽しんでいるので別にいい。
告白への順序だても必要だろう。
何よりそれでこの可愛い同僚が喜んでいるのだ。よくやったと言ってやってもいい。
ある意味余裕のある友人代表はそう考えながら、やったじゃないとレッドの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「いいじゃないー、聖夜に食事デート!そのままいい雰囲気になってお泊りデートに発展させちゃいなさいよ〜」
「っ!?か、カスミ…!」

今まで色々とアドバイスのようなものをしてきたカスミだからこそ言えることであった。
だがそのような言われ方に慣れていないレッドにとってはそれだけで赤面ものな訳で。
思わず声の音量が上がってしまうのも気に留めず同僚が叫んだのをまたカスミが笑う。

そんな折に、不意に職員室の電話が鳴った。





「おやすみ、ですか?」
『はい…熱が出てしまって』


からからと尚も笑い声を上げる同僚をひと睨みしながら、レッドが電話を取った。
すると受話器の向こうから聞こえて来たのはやけに聞き慣れた声で。

『おはようございます、そちらでお世話になっている、リーフの母親です』
「あ…お、おはようございます。レッドです」

電話先の相手を認めると、少し気を許してくれたような声で改めて挨拶してくれた保護者さん。
もちろんリーフの母親と言えば、ナナミその人しかいない訳で。
レッドも少し警戒を緩めたような、そんな声で対応する。
向こうの声色はどこか浮かない様子だった。
このタイミングとその様子に何となくよくない知らせなのだろうと感じた通り、告げられた内容は病欠について。
どうやら元々風邪気味だったのに、昨日雪が降ったことに喜んで年相応に外ではしゃいでしまったのが原因らしい。
それが決定打となって、風邪をこじらせてしまったとのことで。

「残念、ですね…」
『そうですね…行きたいってごねてはいるんですけど、他の子にも迷惑が掛かりますし』

無理もない。
リーフだってクリスマス会を心から楽しみにしていたのだから。
とても気の毒だったがそれでも風邪、しかも熱まで出ているのだから無理をしてはいけない。
脳裏にしゅんとした表情を浮かべている己の可愛い園児が目に浮かぶ。
それでもどうすることもできないレッドは、それから何回か言葉のやりとりをして電話を切った。

「リーフ君、お休みって?」
「うん…」

職員室のストーブの前で千切れた折り紙のわっか飾りを修復していたカスミが問い掛ける。
頷くとあらら、とどこかおどけたようで残念そうな様子を隠しきれない呟きが返って来た。
そんな様子をどことなく遠くで聞きながら、レッドは尚も、熱に魘されているのであろうリーフのことを考えるのだった。



リーフ君がお休み。
そうか。
そうかぁ…。

りんりんしゃんしゃんと鳴り響く鈴の音。
はしゃぐ子供たちの声に、現れた町内会のサンタさん。
その大きな白い袋に詰められているのは午前中に自分が確かめたプレゼント用のお菓子。
それを一人ずつに配っていくサンタさんと、笑顔で受け取る園児たち。
彼らが戯れるその微笑ましい様子を眺めながら、レッドは部屋の隅でまだ本日唯一のお休みである園児のことを考えていた。
あまり特定の園児のことをこうして考えるのはよろしくない。
分かってはいるのだけれど、どうしても気になってしまう。
だって、一人だけ。
リーフ一人だけが、サンタさんに会えなくてプレゼントも貰えない。
それは何と悲しいことだろう。

(何とか、したいな…)

そうぼんやりと解決案を巡らせていたレッドに。
不意にくい、とエプロンの裾を引っ張られる感覚。
気が付いてふと下を見下ろすと、そこにいたのは。

「ファイア…」

じっと。
黙ったままこちらを見上げてくるファイア。
年の離れた従弟。
その手に握られていたのは、サンタさんからのプレゼント。
しゃがみこんで目線を合わせてから話しかける。

「サンタさんから貰えたんだ」
「うん」

こくんと頷くファイアによかったね、と優しく頭を撫でる。
そうすると嬉しそうに少し目を細めてくれる。表情に出にくい部分もあるが本当はとても素直で可愛い子だ。
幼心ながらに理解している部分があるのか、普段ファイアは身内であるレッドのところにあまり近付いて来ない。
レッドもまた勤務中は他の園児と同じように接しており、必要以上に構うことはしない。
だからレッドは、ファイアはサンタさんからプレゼントを貰えた喜びを抑えきれずそれを伝えに来たのかなと思っていた。
のだけれど。

「だから、つぎはぼくのばん」
「え?」

突然目の前に差し出されたお菓子に思わず目が点になる。
まるでどうぞ貰って下さいと言わんばかりのその動作。
せっかくファイアが貰ったプレゼントなのに。
それに僕の番って、何だろう。
いつもならよく分かる従弟の思考も、突然すぎて一瞬首を傾げたレッドだったけれど。


「りーふのいえ、いきたい」


その言葉に不意にひらめくものがあった。
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