「君のハートにボルテッカー!」サンプル(舟善編)







頂にあるレッドの住処は相変わらず静かで寒くて空虚だ。
そんな場所に以前から通ってきたグリーンは、二人の関係をランクアップさせてからその頻度を増やしていた。
それこそ業務にぎりぎり支障が出ない程度に。これでも控えてるほうだぜ、なんて正直に言ってしまえば彼の部下であるジムトレーナーは涙を浮かべたことだろう。
まあ、もちろん本当に大変な時は制限をかけるし、最低限のルールは守っているつもりだけれど。
それだけに逢瀬の時間は限られて。
その分募る想いもまあ、多々あるわけで。

「また来たの」
「はいはい、どうせ暇人ですよっと」

住処という名の洞窟内を訪れると、いつもと同じ言葉で迎え入れてくれた。
薪の弾ける音をどこか遠くに聞きながら今日もいつものやりとりを繰り返す。
背負ってきた荷物を渡し、温かい飲み物を淹れて、そこでやっと腰を落ち着けて近況や世間話をする。
慣れ親しんだ二人の関係だから沈黙も苦にはならず、むしろ心地良い。
そう、こうして会って何気ない時間を過ごせるだけで嬉しい。嬉しいの、だが。

「……」

横目で隣の存在を見やる。
まだ中身が熱いのか、ゆっくりとしたテンポで啜っているレッド。
いつも通りのレッドだ。
その様子は付き合う以前と何ら変わりない。
ココアの匂いにつられてピカチュウが鼻をくんくん動かしているのすら毎度のこと。
平和な光景だ。
こういう場面でポケモンとほのぼのと戯れているレッドも可愛い。
それは知っているし分かっている。
ああ、平和だ。
この雰囲気を壊すことが躊躇われてしまうくらいには。

「………」

いや、駄目だ、ここで挫けてはならない。
今日こそはと決めて山を登ってきたのである。
これで通算何回目になるか分からないその決意を、悲願を、今日こそは果たしたい。
男は度胸。
あるいは根性。
両方ならば向かうところ敵なし、多分。
無邪気にじゃれつくことを許されているピカチュウが羨ましいなんて今更だ。
そのような雑念は捨て置け。

「………!」

今だ。
レッドがピカチュウに意識を取られて反対側を向いた。
その瞬間を狙って手を伸ばす。
愛しい彼女の肩を引き寄せようとせんばかりに手を伸ばす。が。

「レッ、がふっ」
「あ、ごめん」

ピカチュウを抱きかかえようと、マグカップを両手で持っていた状態から右手に持ち替えたレッド。
ピカチュウを収めるために胸元を空けようとした結果、その右手はグリーンのほうへ向けられて。
そのマグカップは今まさに彼女に飛び付こうとしていたグリーンの顎を直撃した。
ついでにココアが掛かった。痛い上に熱い。鈍い悲鳴が洞窟内に響き渡る。
顎の衝撃と熱に何とも言えない状態で顎を庇うように俯く。
対するレッドは反射的な謝罪をしたのみで後はピカチュウに掛かりっきりだ。ああ。いつもこうだ。

(それ、わざとやってるんじゃないだろうな…!)

思わずそう叫びたくなったのをぐっと堪える。
何故こうもタイミングが悪いのか。
いやタイミングだけの問題なのかどうなのかすら分からないけれど、とにかく。
恋人になって早二ヶ月と少し。
グリーンはレッドと恋人同士として、何らかの進展が欲しいと思っている。
だというのにその先に続くものが何もない。
そう、だからグリーンは途方に暮れていた。







以上、恋人として進展したい緑さんと赤♀さんが頑張ったり頑張らなかったりするお話です。

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