「こいまちこまち」サンプル



「う、わ……わあああああっ」

ごつん。全力で後退しては部屋の壁にぶつかった。
慌てて足元のほうからベッドを降りて、そのまま壁伝いに扉へと向かおうとする。

「な、なな、な、なんだよ」

部屋から脱出を試みようとするものの、上手く行かない。
少女はグリーンを追うことはせず、ただじっとその場からこちらを見つめていた。

『グリーン?』

音を聞きつけて下の階から上がってきたのか、扉越しに姉の声が聞こえた。助かった。
やっと現実に返って来た心地のしたグリーンは、そう思い扉を開く。

「どうしたの?」
「ね、ねねね、ねーちゃん、知らない、奴が、俺の部屋に…っ!」
「え」

不思議そうな顔をしていた姉も、その一言を受けて表情が凍る。
侵入者、泥棒、強盗、色んな単語が彼女の中に浮かんだのだろう。
慌ててグリーンを外に引っ張り出して立ち向かおうとする姿をこの上なく頼もしく感じる。
いや、中学二年生にもなって姉に庇われてしまうなんて情けなかったけれど。
そんなことを考えながらも、次に姉がどんな反応をするのか固唾を呑んで見守っている、と。

「…誰も、いないわよ?」

そんな一言。
姉が部屋に入ってもなお、その半透明な少女はそこにいる。なのに姉には見えていないという。
そんな馬鹿なと言いたげなこちらを他所に、あちこちを探る姉。だけど肝心の少女はすり抜けていった。
見えていないということ、そしてそのすり抜けたという事実にグリーンはまた開いた口が塞がらなくなる。

「そ、そこに…」
「…?」

指をさして少女を示そうとすると、目に見えて心配そうな顔をされた。
確かに見えていないのだとしたら姉のその反応は仕方ないとも思った。
弟が突然こんなことを言い出すなんて、疲れているのだろうかと考えてしまうのも仕方ない。

「本当に今、誰かがいるの?」
「い、いや…」

自信がなくなってくる。
見えているのは果たして本当に実在しているものなのか。都合のいい夢幻なのか。
だがその子はそれでもなお、ここにいる。じっとグリーンを見つめている。
その表情は、無表情に見えてどこか不服そう。…だがとりあえず、危害を加えるつもりはないように見えた。
いや、もうこの状況だけで十分にホラーなのだが。
あいも変わらず部屋に留まり続けるその人物は、そういう恐ろしいものとは違う何だか特殊なもののように思えたのだ。







「おい、朝っぱらから驚かせるなって!」

不満をぶつけるとそれを受けたレッドの口がはくはく、と動く。肉体がある時と同じつもりでいるからつい声を出そうとしてしまうようだ。
やっぱり口の動きだけでは分からない。
咄嗟にデスクの上に置いてあったあいうえおポスターを広げる。
レッド自身はポスターを持ち出すことも出来ないので、こうしてグリーンが自ら目に見えるところまで持ってこなければいけないのがまた不便だった。
幽体ならば物を浮かせる能力くらい習得しておいてもらいたいものだ、とぼんやり考える。

『おこそうと した』

広げられたポスターに並ぶ文字に向けてするすると動いていく指。
つまり目覚ましが鳴っても布団から出てこようとしないグリーンを起こそうとした。純粋な厚意だったらしい。
まあ元より声も出ないし触られもしないレッドが目覚まし係をするのはかなり無理があったわけだが。
間抜けな顔で寝こけている姿をじっと見られていたのかと思うと無性に恥ずかしい。
夜寝る直前には姿が見えなくなっていたので、つい安心しきっていた。

「まあ、眠気は吹っ飛んだけどよ…」

ぼさぼさな髪の毛を撫でつけながら脱力気味に答える。
するとレッドは少し得意げそうな表情になった。
表情の動きは極めて僅かなのだが何となく分かりやすいのが微笑ましいやら腹立たしいやら。




寝起きが大体不憫な少年グリーンと、すり抜け幽体離脱少女レッドさんのお話。

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