グレルwebアンソロ

□Happiness
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□Happiness


白く空へと昇る息を見上げ、重い足を引き摺るように歩く。
イルミネーションの間から見える夜空は、その境が見えないほど綺麗に輝いていて。
この風景も、本当なら一緒に見ていたハズなのにとルーシィはきゅっと唇を噛む。

どこからか響いてくるのは、楽しそうな笑い声。
今日の事を考えていた時は同じように浮かれていたのにと、ひとり帰路を歩く自分に改めて深い息を吐いた。

「浮かれていたのはあたしだけ、か」

少し前まで、同じパーティ会場にいたグレイ。
いつものようにナツ達と騒ぐその横顔には、こちらの事など気にする様子は微塵もなく。
未練がましく見つめている自分が何だか悲しくて、思わず足を外へ向けた。

あれだけ騒がしいギルドの中だ。
ひとりぐらい抜けたところで、きっと誰も気付かないだろう。

そう、――恋人であるグレイさえも。

「馬鹿みたい…」

そっと開いた手のひらの中、ぽつんと取り残されたプレゼントをぼんやりと見つめる。
これを買った時には、どうやって渡そうとかどんな顔するのだろうとか。
わくわくとして、思わず緊張もして。
迎える予定の“恋人同士のクリスマス”をあれこれと想像して楽しんでいたのに。

ギルドのパーティがあるだろ?…なんて。
鈍感もいいとこだ。

「あーぁ、何してんだろ」

奮発して買ったドレスも、クリスマスに負けないようにと気合いを入れたメイクも。
結局、すべて空回り。
みんなでお祝いになってしまうのは仕方ないにしてもパーティ会場で傍にいてくれるつもりなのかもしれない、と。
ほんの少しだけ、望みを持っていたのに。

勝手に想像してただけ、と言われてしまえばそれまでだけど。
雑誌に載っていた“素敵なクリスマス”とはあまりにも違い過ぎて。
本当に恋人だと思ってくれているのだろうか。
そんな疑問さえ、重く圧し掛かってきてしまう。

信じていない訳じゃない。――でも。
あまりにも“今まで通り”過ぎて、不安になる。

明らかに違う、グレイとあたしの温度差。

「好きになった方が負け、…なのかなぁ」

いつも視線で追いかけるグレイの背中。
時々、振り向いてはくれるけど横へ来いと言われる事はなくて。
たまに肩を並べる事があっても、視線はずっと前か後。

特別な関係なら、もう少し態度が違ってもいいんじゃないかと思う。

――本当にそう思ってくれているのなら。

「あー、止め止め!」

ぐるぐるとマイナスのループに陥りそうになる思考を断ち切って、ふるりと顔を振る。
本人がいないところでぐちゃぐちゃ考えていても意味がない。
ギルドを出てきてしまった以上、今日はもう会えないからまた明日。
グレイに会いに行って、直接聞いてみるしかない。

今年のクリスマスは終わってしまうけど。
また来年、やってくるのだ。
別に今年じゃなきゃダメだと焦らなくてもいい。

一年後。
長いように感じるけど、きっと、あっという間。

「さてと。早く帰ろ!」

先ほどから頬を撫で通り過ぎていく風は皮膚がチリチリと痛みを感じる程に冷たく。
もしかしたら、夜明けまでに雪が降るのかもしれないと空を仰ぐ。
雪が積もっていたら明日は1日部屋に閉じこもっていよう。
ギルドへ行かない良い口実になるだろう、と溜め息をついて。

「――きゃぁ!」

ぐいっと引っ張ろうとするかのように、背後から突然首元に絡まってきた人の腕。
咄嗟に踏ん張って後へ倒れこむのだけは何とか堪えたけど。
引き剥がそうともがいても、その両腕が外れる気配は微塵もない。

明らかに力強いその腕の感触は、――男。

“通り魔”
瞬時にその2文字が脳裏に浮かんで。
浮かれた街をひとり、無用心にぼんやり歩いていた自分に唇を噛む。

いつもなら、こんな油断はしないのに――。

「離し…っ」

パニックを起こした頭の中。
ただ浮かぶのは、優しい笑顔を浮かべたグレイ。

意地など張らなければ良かった。
傍にいてよと、自分からぶつかっていけば良かった。
きっとグレイは拒んだりなどしなかっただろう。

パーティがお開きになったその後も、決してひとりになどしなかったハズ。

「グレイ―…!!」

脳裏に浮かんでいた彼の名を半ば無意識に叫んで。

「呼、んだ、かっ?」
「へ…?」

耳元から聞こえたグレイの声に、足掻いていた体の動きをぴたりと止めて。
間近に寄せられているその顔を確かめようと、そろり首を動かせば。
ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返すグレイがそこに。

「グレイ!?」
「足早ぇよ、お前。あー、しんど…」

体を預けるかのようにぐったりと肩に沈み込んだグレイ。
けほっ、と乾燥した咳をしているのは、喉が渇いているせいなのだろう。

それはつまり、――必死に追いかけてきてくれたという事。

「どうし、て…」
「どうしてって。お前が帰ったからだろ?」
「そうじゃなくてっ」

少し声を荒げ、“どうして”とルーシィは再び繰り返す。
グレイはギルドのパーティを楽しんでいた。
それなのに、途中で抜け出し追いかけてきたその理由が分からない。

「バーカ」
「ばっ、…んっ!」

反論しようと紡いだつもりの言葉は。
全て、グレイの唇へ吸い込まれて。

「グレ―…」

優しく甘い口付けに、見開いていた瞳をそっと閉じる。
少し前まで、遥か遠くに感じていたグレイの温もり。

今は、こんなにも近く。

「ふ、…っ」

重ねていた唇を外すと同時に思わず息が洩れ。
自分でも感じるその甘い声音に、恥ずかしくて視線を逸らす。
全てを知られているからこそ、照れくさい。
それは本当にとても幸せな事、――なのだろう。

「参加する意味なんかねぇだろ。お前がいないのに」
「グレ、イ」
「何も言わずに帰りやがって、ったく」
「だ、だって…っ」

こっちの事なんて気にする様子もなく騒いでいたのはグレイだと。
少しだけ恨みを込めた視線を向ければ、うっ、と僅かに息を詰まらせて。
しばし無言の時間が続いた後、ぽつりと囁くようなグレイの声が届く。

「―――…」

その声は聞き取れない程小さかったけれど。

「…ぇ?も、もう1回っ」
「だからっ。…あぁぁ、いい。後で、きちんと言うから」

くしゃりと髪を掻き揚げられると同時に、首を覆っていた温もりが離れ。
そのまま、夜風に晒され冷え切っていた手に重なる。
相変わらず視線は横ではなく前に向けられているけど、その目元はほんのり赤く。

「部屋行くぞ」
「ちょっと、グレイっ」
「早くしろって」

引かれるまま、大人しくグレイの1歩後ろをついていく。
見えるのはやっぱりグレイの黒髪だけ。

――でも。

いつも感じていたあの心細さも。寂しさも。
今はもう、感じない。

手のひらから伝わってくるのは、グレイの熱と力強さ。
そして。

微かに届いた、想い。

「ふふっ」
「ん?何か言ったか?」
「ううん、何でもなぁーい」
「ぁ?」

グレイと共に歩く、鮮やかに彩られたクリスマスの街並み。
頬を撫でる風はもうその冷たさを感じなくなっていた。

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2013.02.19

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