melancholy short

□fake heart
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「小夜、大好きだヨ」


「私もだよ神威」



あの日、確かに私達は愛を誓った。
星の降りそうな夜空の下、今も鮮明に憶えてる。


闘いが終わった血濡れた荒野で 何度も抱き締め合い、口づけを交わした 甘い、甘い時間。




私にとっては初めての恋だったのかもしれない。


慣れない私を扱う神威は どこか楽しそうで、いつも照れた私に いたずらっぽい笑みを向けた。



でも幸せなんか、長くは続かない。

愛は冷めるものだから。

そんなこと、誰が言ったのって。
別に聞かない。

みんな経験で話してる。


今までは、他人事だった話。どこかずっと遠くで起こってるものだった筈なのに。

気づいたら、すぐ隣にあった。



それまで当たり前だった毎日が、他人事だった話に重なった日、また私達は血濡れた荒野に立っていて。




「別れよっか、」


大好きだ、と言った時と全く同じ口調で いきなり神威が言った。


突然のことで 私は言葉の意味が理解できず、ただただ神威を見上げる。



「アンタ弱いし、つまんないし」


そう言って傷だらけの私を冷たく見下ろす瞳。



「……そっか」


頭の中は真っ白なのに、妙に納得したような気分になって そう呟いた。



「そうだよね、やっぱり…」


本当は別れるなんて思ってもみなかったのに、



「じゃぁ、別れようか。神威が…団長が嫌なら仕方ないもの」


本当は別れたくなんかないんだよ。それなのに私の口は勝手に。

お願い、嘘だって言って。
別れるなんて、からかってみただけだからって。

また、あの笑顔で言ってよ。



でも何も言っちゃくれない。










私達はしばらく黙ったままでいた。

どうして神威、…団長は何も言わないのか不思議に思ったのも一瞬。



私は頬を無理やり上げて、なんとか笑みを作った。
上手く笑えていたら、いいのに。



団長はそんな私を驚いたように見た。
そして何か言いた気に口を開きかけたが、 すぐに唇を噛み締めた。
それでも目を逸らそうとしない団長は、何を考えているのか読み取れない様な表情。



私はふらつく体で立ち上がり、団長に背を向ける。

この場所に、団長の隣に、私はもう 必要ない。




「…どこ行くの。そっちは船の方向じゃないよ」


「っ、先に…行ってて下さい。後から行くので」




背を向け、歩きながら言った。


それは、団長の顔が見たくなかったからじゃなくて、涙を見せたくなかったから。



私が言えば、団長は短く 分かった、とだけ答えて歩いていった。


遠ざかる足音は、心の距離をも遠ざけていく様な気がして 怖くなった私は、一度だけ団長を振り返った。


でも迷いもなく真っ直ぐ歩いていく後ろ姿に、"別れ"を悟った。




私は歩くの止めた。
歩いていたって、行く宛てなんかないんだから。

逆方向に歩いてるんだもん、もう団長には追いつけない。距離は縮まらない。広がる一方。
もう戻れないんだよ。
認めたくないけど、認めなきゃ。





ぜーんぶ、綺麗な嘘。
私への愛なんて、これっぽっちも無かったんでしょ。


長くて綺麗な髪が好き、だなんて本当は嘘。考えてる時の人差し指を触るクセが可愛い、だなんて本当は嘘。目が綺麗とか、声が優しいとか、もう全部嘘だったんだ。



君が言った言葉も、君のその笑顔でさえも 全て、嘘。


私は全部、本当だったのに。



私ばっかり本当の恋をして、私ばっかり本当に辛い思いをするんだ。

団長は今まで、ずっと恋人として偽ってたんだね。
なんて罪な人。でも責める資格すら私にはないんだから。


何も出来やしないもの、居たって意味ないでしょ。


このまま帰らなくても どうせ迎えに来てくれないんだから、帰ったところで居場所なんて無いんだから。




溢れる涙は止まることを知らない。


目を瞬いて見上げた茜空は、やっぱりふやけて滲んでいた。












ウェディングドレスみたい、だなんて嬉しそうに一回りして見せた、白のチャイナ姿の小夜。

今日の朝、君への最後のプレゼントをしてやったら 本当に幸せそうに笑ってた。


可愛い、だなんて言葉が真っ先に浮かんだ俺。


でもそんな気持ちは、要らない。
だから全部、押し潰した。



今まで俺の中じゃ、女はただの遊び道具だろ。

今更、一人の女ばっかり構っちゃいられない。



そろそろかな、と思って別れを切り出した。


闘った後、真っ白なチャイナ服を所々 赤く染めた小夜に、素っ気なく言う。


驚きで見開かれた真っ黒な瞳が、揺れた。


毎度毎度、女はそういう反応をする。
そして次は決まって、泣き喚いて嫌だ と叫ぶ。



それなのに、君は。






あっさり納得。
なんで、悲しがらないの。
なんで、泣き喚かないの。
なんで、そんな風に笑うの。
なんで、なんで。



ぶつけたい言葉を噛み殺せば、小夜は傷だらけの体で俺に背を向けて歩き出した。


船とは逆方向。

そんな体でどこに行くの。



平静なフリして呼び止めたけど、小夜は立ち止まらないし、振り向きもしなかった。



小夜に別れを告げた途端、俺の中で何かが割れて壊れるような音がした。


振った女に、振り向いてほしいだなんて 今更なんなんだ。



それでも まだ、という甘い気持ちを引きずって 俺は船に引き返した。






だんだん暗くなっていく窓の外と比例するように、心が重たくなっていく。

何度も時計を見て、窓の外に人影を探した。


あの、真っ白なチャイナ服を。




馬鹿げてる。
俺は振ったんだよ。
別れたんだよ もう。

なんで俺が別れた女の心配なんかするんだ。



もしかしたら 死に損ないの敵がいて、傷を負った小夜を襲うかもしれない。

もしかしたら こんな暗い中、どこか一人で泣いているのかもしれない。


もしかしたら 俺が戻ってくるのを待ってるのかもしれない。






そんなくだらない考えに背中を押されて、俺は外に飛び出していた。





いつだかに小夜と抱きしめ合って、キスをした日みたいな星空が広がっている。




「小夜、小夜」



呼びかけたって、返事はない。人影も無い。

何度も何度も呼んだけど、小夜の声はしなかった。もっと遠くまで行ったのか。



気付いたら小走りになっていて、ケータイを握る自分の手が汗で滲む。



さっきから鳴らしてるのに、聞こえてくるのは呼び出し音だけ。

何回かけても留守電に繋がるから、流石におかしいなって。




なんで俺は焦んなきゃいけない?

さっき振った女だろ?
用済みなんだ。気にする事なんかない。


毎度するみたいに飽きたら捨てればいいんだ。
もう捨てたんだから、なんでまたソレを拾いに行く?



矛盾だらけの自分を振り切って、もう一度 小夜のケータイに掛け直した。

今度は繋がった。





その時だった。


俺の電話口の呼び出し音と、近くから聞こえてきた着信音が重なった。

聞き覚えのあるソレは確かに小夜のケータイの着信音。



なんだ、近くに居たの。

安堵が一気に押し寄せ、思わず口元が緩んだ。


音のする方に向かって歩いていけば、真っ赤なチャイナ服が岩場の陰から見えた。小夜だ。
ずっとそんな所にいたの。
辛かったでしょ。




「小夜、」





返事がない。

相当 俺に振られたのがショックなのか、またいつもみたいにふて腐れてんだ。


そう思ったら、胸が温かくなった。
これを誰かが"愛しさ"だなんて言うんだろうか。



まだ間に合うだろうか。



俺は やっぱりもう少しだけでもいいから小夜と一緒に居たいみたいで。




「小夜、帰ろう」





ワガママな俺は、やっぱり君を捨てられない。


だから、帰ったら仲直りしよう。


ちゃんと謝るよ。


ウソだよって。
別れるなんて、やっぱできないや、って。


そしたらまた笑おうよ。
抱きしめ合って、キスして、ゆっくり眠ろう。


それでも君が機嫌を直さないなら、ずっと行きたがってた所に連れてってあげるから。なんだってしてあげるから。
だから、




「ねぇ 小夜、」



岩を覗き込めば、地面に座りこんだ小夜が見えた。

手に握られたケータイ。


それと、小夜の真っ赤なチャイナ服。



思考が停止した。
視界が固まって、頭のうしろが熱くなる。



瞬きなんかできない。



だって、小夜が今日着てきた服は真っ白のチャイナ服だったでしょ。




なんで真っ赤なの。

そんなの、全部わかってる。




「小夜、小夜、駄目だよっ」



呼びかけたって、答えない。
瞳は固く閉ざされたまま。



「小夜、仲直りしにきたんだ。死んじゃ駄目だって、」






頭上で流れ星。
落ちるまでに願い事を唱えれば叶うって、あの時小夜 言ってたよね。






でも、唱える前に 俺の願いは星と一緒に荒野に堕ちた。







fake heart

花嫁衣装が死装束に変わった時、
自分の心に嘘をついていたと知って。





fine.


***
題名は、ここでは二つの意味があります。
ヒロインから見ればfake heartは"神威の偽りの愛情"で、
神威さんから見れば"偽った自分の心"です。
heartは、愛情とか心っていう意味がありますからね^^


てか、ヒロイン何で死んだんだ。
 

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