melancholy short
□I know.
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本当はね、分かってる。
「今日も遅くなる?」
「あー、うん。いい子にしてなネ」
その笑顔の裏に、愛情なんかこれっぽっちもないことくらい。
分かってるの。
「気をつけて…」
最後まで言い終わらないうちに、いつもみたいに目の前で扉が閉まった。
まるで、心配する私を振り払うように。
迷惑、なんだよね。
それも分かってるよ。だけど。
「ただいま、」
真夜中でも朝方でも、そうやってこの部屋に戻ってきてくれるんだから。最後はちゃんと私の元に来てくれるんだから。
それだけが唯一の救いで、私の心をここに繋ぎとめておくには十分な理由になった。
「おかえり、」
随分遅かったね、なんて続きの言葉は呑み込んだ。
だって、口に出したらきっと嫌味っぽくなる。だから、いつもみたいに我慢。
「ちょっと手強くてネー」
笑顔で番傘を置く神威。
「お疲れ様、」
番傘拭いとくね、なんて言葉も呑み込む。
神威の番傘は、数日前に私が拭いた切り汚れなんてついてないから。
「明日は丸一日いないから。帰ってくるのは明後日の朝になっちゃうかなー」
「そっか、大変なんだね」
「元取引先のベニガシラとか言う組織潰してくるから時間かかっちゃうんだ」
ぽんぽんと、神威の口から出てくる。任務自体は本当でも、どうせ任務になんかつかないくせに。
証拠にホラ、このキツい女の匂い。
大変だね、頑張ってね、気をつけてね、なんて騙されたフリして吐く台詞も底をついてきたよ。
「ん?なんか探しものでもしてたの?」
神威が風呂場に向かう途中で立ち止まって私を振り返った。
神威が指差す方向には、積み上げまとめられた私物。全部、私の。
「あ、あぁ、ちょっと整理してて。ゴメンね邪魔だったよね」
慌てて壁の隅に私物を追いやる。
「ふーん、」
興味ない、と言った様子で風呂場に消えた背中に、ホッと胸を撫で下ろした。