icebound shangrila

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気づいたら眠っていたみたい。



夜中、誰かの話し声で目が覚めた。




「やっこさんは?」



「…もう寝てる」




これは団長と阿伏兎さんの声だ。それと、かなり小さい音だけどテレビの音。


なんだろ。てか今何時だろ。



何時の間にか電気が消された室内で、テレビの明かりがうっすら家具の影を壁に映し出している。


寝返りを打って見上げた掛け時計の針は、夜の11時間半を差している。




「オイオイ、お前大丈夫かァ?女の子の扱い方特集なんて見てよぉ」






な、なにっ!団長が女の子の扱い方特集を!?
だって、前はあれだけ必死になってテレビ消してたのに…




「黙れよ阿伏兎、雑用が起きるだろ」



「へーへー、すいませんねぇ。なんだよ、惚れた女でもできたのか?」



「なわけないだろ、馬鹿なの阿伏兎は」




咄嗟に寝たふりをしていた私の心はズーンと重くなる。
脈なし決定か。そんなバッサリ言わなくたっていいじゃん。




「じゃぁ何でそんなもん見てんだよ」



「…リモコンが壊れてチャンネルが変えられないから嫌々見てるだけ」



「嫌なら消せばいいだろ」



「…ふん、」




次の瞬間、ガラスが割れるような大きな音がしてテレビの音が止んだ。

見なくたってわかる。団長はテレビを殴って消したんだ。テレビの存在ごと消したようなもんだけど。




「おーおー、静かにしろよ。やっこさんが起きちゃうだろ?」




今度は阿伏兎さんが団長に言う。ていうか、もう私起きてるからね。




「別に、惚れた女ができたわけじゃない」




パラパラと細かい何かの破片が床に落ちる音が、団長の声を引き立たせる。




「思うようにいかない女がいるんだ。ただそれだけ、」



「ほぅ、じゃぁお前はその女を思い通りにしたいと?」



「…お前には関係ない」



「まぁそりゃそうだけどよ。一つだけ聞いとくぜ」




にしても、さっきから誰の話してんだろ。やっこさん、て何者?




「もしやっこさんが、雑用辞めて家に帰るって言い出したらどうすんだ?」




え、ちょ、…え?
やっこさんって、私のこと?




ケラケラ、と乾いた笑い声。
団長が笑ってる。笑う要素なんてあったかな。




「帰すわけないだろ?」



「へぇ、そりゃまたどうして」



「春雨の内部情報知った奴をそう簡単に逃がせるわけない。わかってるだろ、アイツは吉原の人身売買の件に被害者と言えど関わったんだ。だから帰すわけにはいかない」



「…理由は本当にそれだけか?」




息を止めて話を聞いていたせいで、心臓がバクバクだ。

しばらく、沈黙が続く。




この心臓のバクバクは、酸欠によるものだけでなく小さな期待のせいでもあるんだろう。

お願い、団長何か言って。




「聞き方を変えよう。小夜はお前にとって、そこらの雑用女と同じか?」



「…違う、」



「じゃぁ何だよ」



「雑用は雑用だよ。…でも、他の雑用女みたいにどうでもいい存在ってわけじゃない」



「…なるほど、そーかい」



「これで満足?俺寝たいんだけど」



「あぁ、その言葉が聞けただけで十分だ。これでオジサンは退散するよ。後はお二人さんの問題さ」



「二度と来るな馬鹿阿伏兎」





阿伏兎さんの笑い声が聞こえてから、バタンと扉が閉まり部屋は静寂に包まれた。



ガサゴソと団長が布団に潜る音が聞こえるまで、私はまともに呼吸ができなかった。








『雑用は雑用だよ。でも、他の雑用女みたいにどうでもいい存在ってわけじゃない』





団長の言葉を何度も口の中で繰り返し呟いた。


高鳴る胸に、もう嘘はつけない。





私がこの世界にいられる時間は限られてるけど、これからはちゃんと団長に向き合おう。


そして、伝えなきゃ。

帰ることと、私の思いを。








翌日、むくっと起きた団長に元気よく挨拶してみたら返してくれなかった。




「ちょ、無視しないで下さい!」



「分からないお前が分からない」




立ち直りや切り替えがいいとこが私の長所!

どうやら団長はそれについてこれなかったみたい。




「何だよ、前まで俺のこと避けてたクセに」



「大丈夫!私、団長のこと嫌いとかじゃないですよ!さささ、早くご飯食べましょ」



「…」







つくづく単純だよなぁ、なんて他人事みたいに思った。




to be continue…
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